徐々に鮮魚市場の人気が高まった70年代

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の参拾弐
徐々に鮮魚市場の人気が高まった70年代

皆様、明けましておめでとうございます。本年も、より幸多い年の開幕に向けてご一緒しましょう。さて、「魚秀」(1978~80年)の時代、オーストラリアの鮮魚市場は、徐々に国外のマーケットへと目を向け始めました。70年代は、天然のイエロー・フィン・ツナ(キハダマグロ)が、サウス・コーストの漁村・ユラデュラ、バーマギーなどから、入って来ていました。南オーストラリアの天然マグロは、日本の商社も絡み、海から捕獲されたものがすぐに日本へ空輸されるようになりました。大変なビジネス・チャンスとなり、漁師たちの間ではマグロ御殿が建てられたという伝説も知られ、漁は隆盛を極めました。今日では、シドニーの市場では天然のイエロー・フィン・ツナ(キハダマグロ)からブラック・フィン・ツナ(黒マグロ)、ビッグ・アイ(メバチマグロ)まで大物が丁寧に扱われるようになってきています。そして、養殖もののブルー・フィン・ツナもSAのポート・リンカーンから入ってきています。

80年代、サステナビリティーが問われ始め、捕獲数などに関しての制限が義務付けられました。同時にアクア・カルチャーの必要性が高まり、養殖業界の研究がますます盛んになると共に実用化が進みました。

更には、エビ、鯛、ヤビー、バラマンデイーなどが、国内のみならず、国外への輸出へと向かいました。この頃から、日本に帰り、築地市場を訪れる度に、最も珍重される津軽海峡で捕れる「大間まぐろ(本マグロ)」や日本近海で捕られる「本まぐろ(しび)」と呼ばれるものと一緒に、海外からの「ミナミマグロ」や「バチのマグロ」など「旅もの」と呼ばれるマグロの冷凍を目にするようになりました。競りに並ぶ量も徐々に増えてきた時代でもありました。

今でこそオーストラリアではタスマニアのサーモンが全盛ですが、70年代はサーモンは全く市場で見ることのなかった魚です。トラウトは元々見掛けました。もしかして、サーモンをオーストラリア原産のものと思われている人も多いのではないでしょうか?実は、オーストラリアのサーモンは、北半球から持ち込まれたもので、養殖に成功し80年代ごろから、市場に出回るようになったのです。安定した供給に成功したことで、手軽に刺身でも頂けるものになりました。

ところで、昨今、日本だけではなく、オーストラリアでも、威勢のいいマグロの解体ショーがイベントとして人気があるようです。この解体ショーは、築地などで冷凍のマグロが仲買によって競売された後、各々の店頭でさばいた習慣に由来しているようです。短く丸い流れの包丁とか、電気のこぎり、ナタ、ハンマーなども使われているようです。消費者へのマグロの魅力を掻き立てるイベントとして人気があるのも納得です。

同様に「包丁式」では、観衆の前で魚を下ろします。魚の大きさにより、小物、中物の儀式は「包丁式」、大物の魚の儀式は「包刀式」と呼ばれ、長いマグロ専門の包丁で、刀主はマグロ本体に手を触れずに下ろします。

私が扱った物の中には、30キロから大きいものになると200キロくらいの物もありました。大物になると魚に触れずに下ろすのはかなり難しいことで、特に頭の付け根の骨が固く、背びれも固く発達しているので、慎重に行う必要があります。しかしながら、どの大きさの魚でも、魚以外のものでも、命を頂くときは、食への感謝の気持ちを常に持ちたいものです。

包丁式に関する説明は、『包丁師範』(阿部狐柳・著)という本の中に記載されていますが(日豪プレス発行の『jStyle 2020年版』内でも私が紹介しています)、流派によって異なります。通常は、家元から、まずは日本料理全般と包丁式のしきたりについて学び、その後、介添えから刀主への道に向かってひたすら練成に励みます。刀主は日本料理の歴史を振り返りながら魚を神に捧げることにより、五穀豊穣を願います。奉納した魚は、感謝の気持ちを込めて、皆さんと分かち合います。

70年代は鮮魚だけでなく、アジア系の果物、野菜の種類も徐々に増えました。オーストラリアの強い日差しと土壌に耐える植物は、やはり自分をプロテクトするために皮も厚く、硬くなり風味も荒っぽくなる傾向があります。そのことに気付いた生産者が、その後、繊細な味の探求を始めた時代でした。

余談になりますが70年代終盤、ベトナム戦争の終結と共に韓国の人たちがベトナムからオーストラリアに大勢移住されました。この時期、日本のレストラン経営に韓国系のオーナーが登場しました。今日では、日本食レストランは韓国系、中国系を始め、その他の国から来られた方々による経営も盛んな時代に突入しています。こうして日本料理がますますマルチ・カルチャーからマルチ・カリナリーへと変貌してくるわけです。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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