2021/22会計年度連邦予算案の公表/政局展望

政局展望ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 5月11日、モリソン率いる自由党・国民党保守連合政権が、来年度連邦予算案を公表している。保守連合政権が誕生したのは2013年の9月で、今回の予算案は通算で8回目となるが、その内容は昨年の10月に公表された前回予算案と相当に類似したものとなっている。

今次連邦予算案の概要

「Securing Australia’s Recovery」が謳い文句の今次予算案
「Securing Australia’s Recovery」が謳い文句の今次予算案

 両予算案が類似した背景には、第1に、前回20年予算案が策定、公表されたのは、わず7カ月前のことに過ぎないこと、第2に、実力者であったコーマン予算大臣は既に政界から引退したものの(注:政界引退後にOECDのトップに)、20年予算案策定の中核人物であったモリソン首相とフライデンバーグ財務相は、依然として「健在」であること、そして第3として、何と言っても、どちらの予算案も「非常時」、すなわち「百年に一度」という未曾有の、新型コロナウイルスの世界的感染(COVID-19)の下で策定されたものであること、といった諸事情がある。

 ちなみに、保守連合政権の過去8回の予算案の中では、実は第5回及び第6回目の予算案も極めて類似したものであった。ただし、第5回/6回予算案が、文字通り「一卵性双生児」予算案と形容できたのに対し、7回目と今次8回目予算案は、「二卵性双生児」予算案とみなすことができる。

 そして、先の「双子」予算案に比べ、類似性の程度を低めた要因が、前回の20年予算案の中にはほとんど盛り込まれていなかった、基盤的サービス部門重視の莫大な支出策が、今次21年予算案には「目玉」として盛り込まれていることであった。しかも同支出は、感染対応経済復興策の一環としての、単なる「緊急避難的」な財政出動に留まらず、いわば構造的改革と称すべきものである。

 後述するように、その事実によって、前回予算案の公表時にも抱かれた、保守連合の基本的な政策路線への疑念、あるいは路線変更の可能性が現実のものとなったのである。一言で言えば、それは国家財政問題の軽視に他ならない。

今次連邦予算案の最大の特徴

 今次予算案の特徴、重要ポイントとしては、第1に、引き続き雇用政策を通じた経済復興の追求、第2に、今次予算案には、新たに基盤的サービスへの大支出策が盛り込まれた結果、その内容が、労働党が策定するであろう予算案と類似していること、第3に、前回と同様に、政府に都合の良い仮定、予測に依存しており、したがって、予算案全体の信頼性に問題があること、などが挙げられる。

 ただ、今次予算案の最大の特徴、あるいは最重要な特徴と言えるのは、モリソン保守政府が根本的な点で「立ち位置」を変更したことであった。

 周知の通り保守連合は、労働党前政府の世界金融危機(GFC)対応について、あまりに経済運営能力がお粗末として、執拗(しつよう)に攻撃してきたという経緯がある。ところが、モリソン政府は前回20年の予算案において、それまでとは一転して、二言目には「百年に一度のイベント」と唱えつつ、莫大な財政出動策や積極的な介入主義アプローチを採用してきた。こういったことから、20年予算案については、「財政問題における保守派はどこに行ったのか」、あるいは「財政問題に関する保守連合のこれまでの主張、あるいは労働党への攻撃は何であったのか」、との声も聞こえたのである。

 もちろん、保守政府は、深刻度の点でGFCとはとても比較できないと釈明してきたが、政府の対応策の規模や財政赤字、借金の規模もGFC時とは比較にならないことに留意すべきであろう。20年予算案は、「プラグマティスト」とのモリソンへの誉め言葉、これまでの前向き評価に疑問符を付け、むしろモリソンには確固たる信条、哲学がない、あるいは単なる「カメレオン」、との評価を与える危険性を孕(はら)んだものであったのだ。

 そして、モリソン政府は、今次21年予算案でも、財政再建には全く目を向けず、昨年12月公表の年央経済・財政概況報告書(MYEFO)の予測からわずか5カ月間で、1,100億豪ドルも増大した政府歳入の内、実に960億豪ドルを費消している(注:減税関連に280億豪ドル、新規支出に680億豪ドル)。

 こうした「大盤振る舞いぶり」への懸念、批判に対しても、モリソン政府は「感染問題下という非常時の予算案としては当然」云々(うんぬん)と、引き続き同様な弁明を行っているが、前回予算案公表時に一部で抱かれたモリソンへの懸念は、今次予算案によって現実のものとして再認識されたと言える。

 すなわち、今回の予算案で明確となったのは、保守連合、与党自由党、もしくはモリソンやフライデンバーグが、「経済運営能力」を誇示する上での財政収支問題の重要性を否定したこと、換言すれば、今次予算案は、長年にわたって保守政党が堅持してきた基本的な「立ち位置」を変更するという、重大かつ根本的決定を含んだものという点であった。

 そのように考える理由は、今次予算案の中に盛り込まれた、基盤的サービスへの大支出、大盤振る舞い策の内容である。

 モリソンは、これまでのように、保守連合が「得意」と自負してきた、国家財政問題での労働党との「差別化」が、今後相当長期にわたる将来において不可能となったことを認識している。そこで、選挙で勝利を果たすためにも、別の重要分野での労働党の優勢さを削ぐことが不可欠となるが、その最優先分野が基盤的社会サービス分野であるのだ。

 ただ教育、保健・医療といった基盤的サービス分野は、伝統的に労働党の方が国民から高く評価されてきた政策分野である。そのため、モリソン政府にとっては問題なことに、単に同分野への支出を増加させるだけでは、労働党の優勢を「中和」することはできないし、しょせん「量的な」競争では、「介入主義アプローチを通じた社会的弱者の救済」を標榜する労働党にはとても勝てない。そこで、今次予算案でモリソン政府は、支出の大幅増に加えて、サービス政策の「質的」転換を図っているのだ。

 具体的には、例えば老人介護/看護、託児所といったサービス分野において、ユーザー・ペイ/利用者負担、あるいはサービス受益者による共同拠出といった、かつては厳格な姿勢を示してきた分野で、相当に受益者に「フレンドリー」な政策を採用しているのだ。

 こういった保守政府の質的変更は、重大な問題を提示、発生させ得るものである。というのも、これが「緊急避難的」な支出増加策とは異なり、構造的な施策であるからだ。その意味するところは、ただでさえ上昇傾向を示してきた基盤的サービス分野のコストが、今後ハイペースで継続的に増大する、構造化するということだ。

 こういった点からも、財政再建、財政健全化にあまりに無頓着な保守政府の姿勢が窺われ、その結果、単なる政策変更のレベルではなく、モリソン政府の戦略的政策転換、あるいは政策路線の拠(よ)って立つ「哲学」の変更すらが観察されているのだ。

 いずれにせよ、確かな点は、いったん高支出が構造化、制度化すれば、それを削減することは政治的に極めて困難であることだ。

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