【今さら聞けない経済学】国際通貨制度の安定性を高めるには?

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第19回:国際通貨制度の安定性を高めるには?

韓国・ソウルの大学での経験から

韓国・ソウルの漢陽大学(Hanyang University)のMBAコースからお招きを受け、9月上旬から約1カ月半にわたり客員教授として院生に経済学の講義をする機会に恵まれました。ちょうど2年前にもソウルのKDI(Korean Development Institute)という政策総合大学院大学で講義するという経験をしました。そこで少し、韓国の大学教育についてお話しよう思います。

韓国の大学教育の特色をひと言で表すならば、とても「国際化」が進んでいる、ということが言えるでしょう。韓国の大学での講義は「英語を中心とした教育」が実施されており、国際語という観点から日本の大学教育との違いを見ることができます。

韓国の大学院生の大半が外国からの留学生であり、学生たちは一様に英語で勉強をしていました。日本の大学では、いわゆる教養課程時代に1週間に2~3時間ほどの英語の講義を受けるだけで、それが済めばきれいさっぱり英語から「おさらば」という状態です。もちろん外国語学部や文学部の英文科では英語漬けという状況もありますが、大学生の大部分が学ぶ、経済、経営、商学、といった一般企業に入社していく、いわゆる「サラリーマンの卵」の学生たちは、ほんのさわり程度の英語の講義を受け、実践的な英語力を身に付けることもなく企業に入っていくことになります。そして就職後に「外国へ駐在」という社命が下れば、いきなり近隣の英語学校へ通うということになるのが一般的でしょう。しかし年を取ってからいきなり英語を身に付けろ、と言われてもなかなか簡単にできることではありません。しかし韓国では、経済、経営、商学の学生たちがいっせいに英語で講義を受け、立派な「語学力」をも得てから社会人になっていくのです。

韓国では講義を担当する先生方も日本とは大変な違いがあります。漢陽大学のMBAコース担当の先生は全員で55人ですが、そのうちなんと50人がアメリカやイギリスの大学で博士号を取った方であり、英語で講義することを義務付けられていました。

そのうちの何人かの先生と親しくなり、「英語を身に付けるには、自分の専門を同時に学んで初めて自分のものになる」ということを教えられました。私は自分の身を振り返って不思議と納得し、日本の大学教育ももっと国際化に励むべきだ、という現実を教えられて日本に帰って来ました。

通貨の交換性

さて、国際化のお話をしたところで、今回は国際通貨制度の安定性について考えてみたいと思います。

この世界には200近い国や地域があり、各国は独立国の「証」ともいえる自国の通貨を持つことができます。今も昔もですが、どんなに独立した国でも他国と物の「取引」をしないと生きていくことはできないでしょう。相手の国と取引をする時、物の対価の払い方をどのようにするかという「支払い」と「受け取り」の問題が出てきます。

例えば、ある国で石炭がたくさん採れるとしましょう。その国の人びとは、自国で採れた石炭を他国に売って代金を受け取らないと生きていけません。他国のお金を受け取る時、自国と他国の異なる通貨を交換する際の価値の比重をどのように決めるのか、という問題が発生します。

これを、ヨーロッパの国々で考えてみましょう。世界地図を広げてみると分かるように、ヨーロッパでは、アメリカ合衆国1国よりも狭い範囲にたくさんの国が押し合うようにして並んでいます。小さな国がそれぞれに自国の通貨を持ち、小川を越えた隣の国のお店に買い物に行ったり、国境を越えた隣町の居酒屋に1杯飲みに行く時、その都度「通貨の交換」をやっていたのでは、面倒くさいことこの上ないですね。

そんな煩雑なことはやめましょう、と始まったのが通貨統合という考えです。自分の国の中でも独自通貨を使うのをやめて、たくさんの国で1つの通貨を作り、その通貨をどこの国でも使いましょう、というやり方を「共通通貨形成」と呼びます。

最適通貨圏の形成

1960年代の始めに1人の経済学者が現れ、「あんなに大きな国、アメリカが世界一の経済大国になれたのはなぜだろうか」という疑問を投げかけました。アメリカの東端から西端へ行くには、飛行機でも全ヨーロッパの東から西へ飛ぶよりも時間がかかります。そんな大きくて統一が難しそうな国がなぜ世界一お金持ちの国になれたのか。その理由は、アメリカの人びとが他国の5倍も10倍も熱心に労働に励んだから、というわけでもありませんし、資源が無尽蔵にあった、ということでもありません。

正解は、あんなに大きな国が「ドル」という1つの通貨しか使わなかったからです。もし、ニューヨークとサンフランシスコとで別々の通貨が使われていたとしたら、アメリカでの取引はどうなっていたのでしょうか。きっと複雑性を増していたと思われます。アメリカは「ドル」という国民通貨を全土で使用したので、通貨の交換という問題に直面することは一切ありませんでした。

このアメリカの例を国際通貨の安定性のために用いようとした経済学者は、ロバート・マンデルという人でした。マンデルは「ある国と別の国が1つの通貨で結ばれたら、通貨の交換性という複雑な問題から開放され、それらの国々の間で人・物・金の取引が拡大し、両国はもっと経済的に繁栄する」と主張したのです。複数の国が1つの通貨で結ばれるこの理論を「最適通貨圏の形成」といいます。

マンデルは、世界的な経済雑誌『アメリカン・エコノミック・レビュー(AER)』に61年、この考えを論文として発表しました。発表された当時はあまり注目されませんでしたが、たとえ一流の専門誌といえど彼の論文は「ノート」という扱いで雑誌の本当に隅のほうにひっそりと掲載されていたからです。しかし、当のマンデルはとても精力的に次々と論文を発表し、次第に世界の経済学会でも注目される存在になっていきました。

とりわけ、外国為替相場の安定性を追求した「マンデル・フレミング・モデル」は、経済学を学び研究する人びとの間で必要な理論としてとてもよく知られるようになりました。それにつれて、マンデルがたった1人で打ち立てた「最適通貨圏の形成問題」も次第に重要視されるようになり、ヨーロッパで単一通貨の創設の問題が真剣に議論され始めると、このマンデルの最適通貨圏の考えが一気に注目を浴びるようになったのです。

最適通貨圏形成の条件

ある国と別の国とが、何でもいいからとにかく1つの通貨で結ばれれば両国はより発展するか、というと問題はそれほど簡単ではありません。複数の国が1つの通貨で結ばれるには「条件」があります。それを最適通貨圏形成の条件といい、この条件を満たしている国同士が1つの通貨で結ばれると、より経済が発展する、といわれるのです。

いくつかの国が1つの通貨で結ばれると、その経済圏では為替相場の変動から来るリスクの回避、計算する時・通貨を交換する時の複雑性の回避、更に国は違っても同じ通貨を使っているという共通意識の芽生え、といった利点が発生する、というのがマンデルの主張です。

更に1つの通貨で結ばれる条件は、結ばれる国同志での生産要素の移動性が高い、ということが挙げられます。生産要素とは、このコラムでもう何回も取り上げていますが、人・資本・土地・技術の4つです。このうち、土地の移動はどんな手段を用いても不可能ですね。そこでその他の要素、つまり資本・土地・技術の移動性が高い国同士が1つの通貨で結ばれれば両国はより発展する、とマンデルは主張するのです。

例えばA国とB国が1つの通貨で結ばれていたら、A国で失業者がたくさん発生した時にそれをB国で受け入れると、A国の失業問題は解決し失業者を受け入れたB国では生産要素が増大し経済は拡大することになります。するとB国からA国へ向けて投資が増大し、当初落ち込んでいたA国の経済も改善されるというプロセスが考えられるのです。このように、生産要素の移動性が高い国同士は1つの通貨で結ばれると両国ともに利益が増大する、と考えられます。

この考えを基礎理論として、20世紀初頭のヨーロッパでは単一通貨が導入され、大きな経済圏が形成されることに。更に、今日では「ユーロ」という共通通貨がヨーロッパのほぼ全域で使用されており、ヨーロッパはたった1つの通貨で結ばれたのです。当然「国は違っても同じ通貨の下に結ばれている」という共同意識が人びとの間に生まれ、これまで幾度となく繰り返されてきた戦争という悲劇を2度と繰り返さない、という平和への認識が芽生えてきていることも事実でしょう。

これらの一連の歴史的な改革はマンデルが60年代のごく始めに考えたことが基礎になったという事実から、マンデルには96年にノーベル経済学賞が与えられ、更にマンデルは「ユーロの生みの父」としてももてはやされるようになりました。

太平洋を挟んで12カ国で環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結とそれに伴う環太平洋自由貿易圏の形成が論じられている今、この地域における「共通通貨の形成」が真剣に議論されることを、私は経済学を学んでいる者の1人として願わずにはいられません。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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