オーストラリアで今を生きる人 高橋ブレイブルック祐希さん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.24 高橋ブレイブルック祐希さん

幼児教師の地位を向上させ、子ども主体の教育を実践したい

シドニー北部チャッツウッドにあるウィロビー市立の幼児教育施設「デボンシャー・ストリート・チルドレンズ・センター」で教師を務める高橋ブレイブルック祐希さんは今年6月、幼児教育賞「2016オーストラリアン・アーリー・エデュケーション&ケア・アワード」で、卓越した幼児教育者に贈られる「アーリー・エデュケーター・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。現在、マッコーリー大学の幼児教育の修士課程で学びながら、フルタイムの幼児教師を務めている祐希さんに話を聞いた。(聞き手:守屋太郎)

――オーストラリアにやって来たきっかけは?

人に教えることが好きなので、将来は教師になろうと思っていました。岩手県の人口5,000人くらいの小さな町で生まれ育ったので、「もっと大きな所を見てみたい。海外で勉強してみたい」という願望がありました。高校時代は吹奏学部に所属して部活に励み、卒業後は仙台の英語の専門学校に2年間通いました。

専門学校時代に一度、オーストラリアでの海外研修に参加したことがあったんです。学校が提携しているポート・マッコーリー(NSW州北東部)のTAFE(州立職業専門学校)の語学学校に短期留学しました。それがきっかけでオーストラリアが大好きになり、専門学校を卒業した20歳の時、学生ビザを取得してまたポート・マッコーリーのTAFEに留学したのです。

ホームステイ先の家族にも親切にしてもらい、地元の楽団に入って地域にも溶け込むことができて、素晴らしい経験ができました。

――それからどのように幼児教育の道に進んだのですか?

幼い頃から、私の両親、家族そして地域の人が、子どもの教育に携わっているのを見て育ちました。次の世代の子どもたちが、生まれ育った地域や、もっと広く社会に貢献していく。そんな人間を育てることは、どんな仕事以上に魅力的で、責任がある。そう思いました。

ポート・マッコーリーのTAFEを卒業した後、ニュー・キャッスル(NSW州東部)のTAFEに進学し、2年間、「アーリー・チャイルドフッド・エデュケーション・アンド・ケア」(幼児教育)を学びました。以前から、子どもたちを自立させて、自分の意思で行動させることが必要だと感じていました。そこでは、オーストラリアの教育法、規制、理論などを習得すると共に、地元の保育園や幼稚園でワーク・エクスペリエンス(職業体験)をして実践も学びました。

2007年にニュー・キャッスルのTAFEを卒業し、ワーキングホリデー・ビザに切り替えました。それまで親のスネをかじっていましたが、ようやく初めて仕事を始めることができました。ゴスフォード(シドニー北方セントラル・コースト)やウィロビー市のデイ・ケア・センター(子どもを預ける施設)で働きました。

ずっと続けてきた音楽を通して今の夫と知り合い、2012年に結婚しました。シドニーからニュー・キャッスル大学のゴスフォード・キャンパスに通って幼児教育の修士号を取得し、レーン・コーブ市(シドニー北部)の施設を経て、現在はマッコーリー大学の大学院に通いながら、デボンシャー・ストリート・チルドレンズ・センターでフルタイムの幼児教師を務めています。

学校では科目が決まっていますが、幼児教育では机の上ではなく、遊びながらさまざまなことを学ぶ機会を与えるので、教師はあらゆる分野の勉強をしなければいけません。ネットワークを作って、同業者だけではなく地域の人と積極的に交流して自意識を高めていくことが大切だと感じています。

――今年6月には「アーリー・エデュケーター・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。

6月の受賞式でスピーチする高橋ブレイブルック祐希さん
6月の受賞式でスピーチする高橋ブレイブルック祐希さん
センターの子どもたちと祐希さん(左)
センターの子どもたちと祐希さん(左)

センターに通っている幼児の母親が候補者に推薦してくれたんです。全国の授賞式の前に、幼児教育に関する10分間のプレゼンテーションを行いました。パワーポイントで資料を作って、いかに子どもの自立心が大切か。子どもを助けるのではなく、自分の意思でやってもらうことが重要か。親の考え方を変えていく必要性を訴えました。

これまで私が現場で行ってきた活動についても説明しました。子どもたちが将来、活動的な市民になるために、校外研修の機会を増やしました。例えば、子どもたちがアンザック・クッキー(戦没者を追悼するアンザック・デーに食べるクッキー)を作る募金活動を企画して、集まったお金を銀行に入金するまでのプロセスを体験させたことなどを説明しました。そして、もし受賞したら、いただいた賞金をどのようにして幼児教育の向上に役立てるかを話しました。

受賞式で名前を呼ばれた時はとてもびっくりしました。うれしいと感じると同時に、責任の大きさも実感しました。ここまで来れたのは、ずっと支え続けてくれた両親とオーストラリアにいる家族のおかげだと感謝しています。

――今後の目標は?

幼児教育のPh.D.(博士号)を取得して、レクチャラー(大学の講師)になることが目標です。

残念ながら、オーストラリアではまだまだ幼児教師が「ナニー」(子守り)のように思われているところがあります。また、日本の幼児教育でも問題になっているように、オーストラリアでも施設のキャパシティーが足りていません。デボンシャー・ストリート・チルドレンズ・センターには、生後3カ月の乳児から6歳までの幼児がいますが、入所希望者は2年半待ちという状態です。

今後の活動を通して、幼児教師の社会的な地位を高めると共に、子どもの権利を向上させていきたいと考えています。教育現場では、教師が全て絶対的に正しいと考えるのはおかしいし、子ども主体のカリキュラムがあって良いと思うんです。そのためには教師が力を付けなければいけません。

幼児教育の向上に貢献することで、これまでお世話になったオーストラリアに恩返ししたいですね。アーリー・エデュケーター・オブ・ザ・イヤーでいただいた賞金を使って、日本でセミナーを開催できればとも思っています。幼児教育の分野で、オーストラリアと日本の架け橋になれればと考えています。

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