オーストラリアで今を生きる人 ファーズみどりさん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.25 ファーズみどりさん

オーストラリアに折り紙の輪を広げたい

シドニー五輪の時にたまたま折り紙の魅力を再発見して以来、折り紙アーティストとして活動してきた。現在、シドニー北部ブルックベールのスタジオを拠点に、折り紙の他、「運命の赤い糸」などをテーマにした絵画、墨絵などの創作も行っている。折り紙を通して日本文化の普及に貢献したことが評価され、今年7月には日豪友好協力基本条約署名40周年記念の総領事表彰を受賞した。(聞き手:守屋太郎)

――はじめに、日本での幼少時代、学生時代のことを教えてください。

小さい時からピアノや習字、絵の教室に通っていて、手作りが好きでしたが、アーティストになりたいと思っていたわけではありません。琴、三味線、茶道、華道も好きでしたね。小学生の時はソフトボール部のキャプテンで、漫画や小説が大好きでした。真面目に勉強するタイプでした。

――アーティストとして活動するようになったきっかけは?

日本でたまたま知り合って結婚した相手がシドニー出身のオーストラリア人でしたので、1989年に移り住みました。

自分が何をしたいのかを探していた時期がありました。子育てにおいても、毎日いろいろな出来事があり、試行錯誤していました。大変でしたが、楽しい経験でした。子どもの学校で折り紙や日本語の紹介をしたことも何度かありました。「日本人のお母さんですね。クラスで折り紙を教えてください」と頼まれて、何をどう教えたらよいのか準備に苦労しました。

2000年のシドニー五輪で通訳をした時に折り紙と再会しました。選手村のスイッチボードに置かれていたカンガルーの折り紙を見つけたのです。手元にあった紙を使ってすぐ折ってみたら、周りの人が面白がって欲しがり、あっという間になくなっていきました。折り紙とカンガルー。それはまるで日豪の架け橋みたいで、「折り紙ってすごい」と興味を持ちました。

――これまでの主な創作活動について教えてください。

01年から改めて絵を少しずつ描き始めました。幸い、絵を通して本当にたくさんの素晴らしい人たちに出会い、助けて頂いてこれまでやってこられました。ギャラリーにどうやってアプローチしたら良いか悩んで、グズグズしている私を引っ張ってくれた友達もいました。作品を持って行った翌日に「売れたよ」という電話をもらった時は本当にびっくりしました。今こうしてアーティストとして活動していけるのも、これまでに出会った人たちのおかげだと思っています。

09年から、試行錯誤しながら、とにかく一生懸命にさまざまなことに取り組んできました。10年にレジデント・アーティスト(主に自治体が担い手となって、一定の期間、芸術家を招へいして滞在中の活動を支援する事業。アーティスト・イン・レジデンス=AIRとも言う)として1年間、テリー・ヒルズ(シドニー北部)のエランブーにスタジオを構えていた時、ディレクターさんが私の折り紙カンガルーを見て、驚くほど褒めてくれました。そこはクーリンガイ国立公園に隣接していて、野生のワラビーがいたので、何気なく作ってテーブルに飾っていたのでした。日本で生まれ育った私は折り紙は誰でもできるものだと思っていましたが、オーストラリアの人たちから見るとまるで手品のように見えるようです。

10年には、ランドウィック(シドニー東部)のシドニー子ども病院から展覧会のお誘いを受けました。展覧会場を案内していただき、病院の長い廊下を歩いていた時、そこで折り紙の展覧会ができたらいいなと思い付きました。担当者がたまたま折り紙の好きな方だったこともあり、この企画「フォールド・ウィズ・ラブ」(Fold with Love)は、11年のシドニー子ども病院のアート・プロジェクト「アートEX」に選ばれました。

病院の子どもたちや今まで折り紙をしたことがない人たちに、1人1羽ずつ折り鶴を折ってもらいました。写真家の片岡まゆさんと2人でプロジェクトを運営し、何人かのアーティストや俳優にも協力していただき、予想をはるかに超える数の折り鶴が集まりました。

14年の前半には、「ロックス・ポップアップ」(シドニー市内ロックスの空きビルを利用してアーティストに創作活動のスペースを提供する事業)のレジデント・アーティストに選ばれ、ジョージ・ストリートにスタジオを持ちました。14年後半から1年間は、「ワリンガ・クリエーティブ・スペース」(シドニー北部ワリンガ市のアート施設)のレジデント・アーティストとして活動しました。また、ワリンガ市のアートのアドバイザリー・グループ(諮問委員会)のメンバーに選ばれ、現在もイベントなどの企画に携わっています。

東日本大震災の被災者を支援する「折り紙 桜のわプロジェクト」
東日本大震災の被災者を支援する「折り紙 桜のわプロジェクト」

今年3月には、「折り紙 桜のわプロジェクト」(桜の折り紙で東日本大震災の被災者を応援する活動)を「JCSレインボー・ステイ・プロジェクト」(シドニー日本クラブ=JCSの主催で、震災で被災した子どもたちをシドニーに招待し、ホームステイや現地の子どもたちとの交流を体験してもらう事業)を運営している方たちと展開し、本当にたくさんの方にご協力頂くことができました。

私が描いた絵は、現地のテレビ・ドラマに登場したり、雑誌に載ったりしています。折り紙では広告に関わったりもしています。さまざまなイベントの折り紙ワークショップに参加させて頂き、パースまで遠征したこともあります。今年6月~7月にはウルティモ(シドニー市内)のパワーハウス博物館で約3週間にわたって行われた七夕のイベント「タナバタ・スター・ビレッジ」(Tanabata-Star Village)で、10月にはパラマタ(シドニー西部)「キッドトピア」(Kidtopia)という催しで、それぞれ折り紙インストラクターを務めました。

絵の方はここ数年、「運命の赤い糸」がテーマです。日本人なら馴染みのあるお話ですよね。伝説や小説の1シーンを赤い糸を使って表現します。シェークスピアの作品やギリシャ神話もよく題材にします。オーストラリア人にも共感していただけるのが嬉しいです。

――日本文化の普及に貢献されたとして、今年7月、日豪友好協力基本条約署名40周年記念の総領事表彰を受けられました。受賞された時のお気持ちを教えてください。

お話を頂いた時は本当に驚きました。これまで応援してくださった皆様がいたからこそだと思います。皆様への感謝の気持ちでいっぱいです。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

今年6月~7月にシドニーのパワーハウス博物館で折り紙のワークショップを開いたファーズみどりさん
今年6月~7月にシドニーのパワーハウス博物館で折り紙のワークショップを開いたファーズみどりさん

――アーティストとしてのライフワークについて教えてください。

オーストラリアにもっともっと折り紙の輪を広げていきたいですね。オーストラリアには日本からたくさんの人がホームステイで訪れますが、ホスト・ファミリーへのお土産として、必ずと言っていいほど折り紙を持ってくるようです。それで折り紙の人気が高まってきたのではないでしょうか。

お土産にもらった折り紙や折り紙の本を大事にしているホームステイ先の人たちも多くいます。折り紙が好きで興味のある人たちはたくさんいます。でも、本はあるけど、作り方の説明がよく分からないという話もよく聞きます。困っている人たちに、ちょっとしたコツを教えてあげたいですね。

私もそうでしたが、子どもの学校の先生に折り紙をクラスで教えて欲しいと頼まれて苦労した日本人のお母さんもいるでしょう。そんな時、何をどう教えたらうまくいくか。情報交換の場があるといいなと思います。

幼稚園や学校の先生が使える、折り紙の教材を作るお手伝いもしたいです。病院や高齢者施設にもぜひ取り入れていただきたいですね。痴呆症の予防に指先と頭の体操をしたり、手術を控えた時間を潰したりするのに、折り紙は最適です。

チョコレートの包装紙で折り鶴を折ったり、割り箸の袋で箸置きを作ったりしたことがある日本人は多いはず。紙は身近にどこにでもあって、高いものではありません。服や手も汚れず、軽量です。図面の読み方に慣れ、数学的な考え方も身に付きます。熱中している間は憂いを忘れることもできますし、作る過程も、出来上がった作品も楽しめます。子どもから大人まで、誰でもたくさんの種類を作れますよ。

最近は遠方からも折り紙ワークショップのお問い合わせを頂きます。お誘いがあればどこでも参上したいですが、個人では時間にも限界があります。そんな時のために折り紙の好きな方たちのネットワークを作ろうとしています。

日本の折り紙は「ORIGAMI」として今や世界中に広がっています。アートやクラフトだけでなく、科学や建築、デザインの分野でも注目を集めています。自動車のエアバッグや人工衛星の展開式のソーラー電池にも、折り紙の技術が生かされています。折り紙に親しんだトップ・エンジニアが、オーストラリアからたくさん出てくるといいですね。

絵の方は今、墨絵に夢中です。これからももっともっと勉強して自分をじっくり見つめて作品を作っていきます。墨絵の作品は11月19日まで、ニュートラル・ベイ(シドニー北郊)のレストラン「九州」で展示して頂いています。もし興味があればご覧ください。

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