オーストラリアで今を生きる人 後藤和子さん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.33 後藤和子(あいこ)さん
バイオリンは私の一部、人と音楽を共有できる

大学卒業後に渡米し、ニューヨークのジュリアード音楽院卒業後、米国でバイオリニストとして活躍。1998年に来豪し、オーストラリア室内管弦楽団(ACO)の正団員として活動しながら、数多くのソロ・リサイタルも開催してきた。また、95年から現在まで、指揮者・小澤征爾氏が総監督を務める「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」(現在の「セイジ・オザワ松本フェスティバル」)に参加している。2016年には、日豪文化交流への長年の貢献がたたえられ、日豪友好協力基本条約調印40周年の外務大臣表彰を受賞した。(聞き手:守屋太郎)

――バイオリンを初めて手にしたのはいつですか?

神奈川県相模原市で生まれ育ちました。3歳のころ、年上の従兄弟たちがバイオリンを習っている姿を見て、「私もバイオリンを弾きたい」と両親に頼みました。

ところが、親は「まずはピアノを習いなさい」と言いました。4歳上の兄がピアノを習っていて、自宅にピアノがあったからだと思います。2カ月間、ピアノのレッスンに通ったのですが、いすにも座らずピアノの周りを走り回っていた記憶があります(笑)。外で遊ぶことが好きなおてんばな子どもでした。

数カ月後、やっとバイオリンを習わせてもらえることになり、とてもうれしかったのを覚えています。バイオリンだけは、親に練習しなさいと言われたことは一度もありませんでした。「スズキ・メソード」(鈴木鎮一氏が考案した教育法。母語のように音楽を身に付けさせることが特徴)の教室に通い、姉のように慕った先生との巡り合いが、私に大きな影響を与えてくださいました。

――そのころから海外でバイオリニストとして活躍することを夢見ていたのですか?

全く考えていませんでした。バイオリンの先生から「バイオリンを好きなだけ弾けるよ」とアドバイスを受け、桐朋女子高等学校音楽科に進学しました。音楽の基礎や歴史、調音の他、オーケストラや室内楽のスキルを学び、高校卒業後も桐朋学園大学の音楽科に進みました。

音楽科の学生たちの卒業後の仕事はさまざまで、オーケストラのオーディションを受けてプロの音楽家を目指す人もいれば、音楽の先生になったり、大学院に進んで研究の道に進む人もいます。私は将来の道を決めかねていましたが、「もっといろいろな世界を見てみたい」という思いはありました。

バイオリンの先生の助言もあり、大学3年の夏に米国に行きました。「アスペン音楽祭」(米コロラド州アスペンで、演奏家の教育を目的に開催される夏季の音楽祭)に1カ月間参加し、故ドロシー・ディレイ氏(世界的なバイオリニストを多く育て上げた米国のバイオリン教育者)と川崎雅夫氏(日本と米国のバイオリニスト)に師事しました。

2人の先生との出会いと、アスペンでの経験が大きな刺激になりました。世界中から実力の高い若者が集まって来ていて、「私は今まで何をやってきたんだ!」と強い衝撃を受け、宿に帰ると毎晩、泣いていました。

しかし、「がんばらなきゃダメだな。バイオリンが好きだから、またチャレンジしたい」と気持ちを改め、帰国してから1年間、必死でがんばりました。そして大学4年の夏にもう一度、アスペン音楽祭に参加しましたが、自分だけではなく他の人たちも確実に上達していてまたショックを受けたんです。

卒業後もこの2人の先生に習いたいと考え、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学することにしました。大学院の課程で3年学びましたが、初めは英語が全然ダメで苦労しましたし、ホームシックにも掛かりました。ニューヨークの冬は昼が短くて午後4時くらいには陽が落ちます。夜になると心細くなって、気が付くと泣いていました。当時はインターネットがなく、国際電話料金も高くて気軽に掛けられなかったので遠い異国であることをひしひしと感じました。

それでも非常にレベルの高い同級生たちと切磋琢磨しながら卒業し、その年にニューヨークでソロ・リサイタルでデビューを果たすことができました。アート・スクールで弦楽主任として教えながら、フリーランスで演奏活動も行っていました。両親とは2年間の約束で渡米したのですが、結局ジュリアードで3年、卒業後に4年間ニューヨークで暮らしました。

――オーストラリアへやって来たきっかけは?

演奏後のカーテン・コール=今年5月のACO東京公演(Photo: Christie Brewster)
演奏後のカーテン・コール=今年5月のACO東京公演(Photo: Christie Brewster)
ACO東京公演の前日、母校の桐朋学園女子高等学校音楽科で特別授業を行う後藤さん(Photo: Christie Brewster)
ACO東京公演の前日、母校の桐朋学園女子高等学校音楽科で特別授業を行う後藤さん(Photo: Christie Brewster)

渡米から7年経ち、「また日本で一からやってみよう」と考えるようになりました。先生に帰国のあいさつをしつつ、ソロの演奏会とバイオリンの指導は続けていました。そんなある日、現地の音楽専門紙をめくっていると、ACOのオーディション募集の告知が目に留まったんです。

日本に帰ると決めつつオーディションの録音テープを送って気軽に応募してみました。すると2週間後、「テープ・オーディションに合格したので、次はライブ・オーディションを受けてください」というファクスが送られてきたんです。ちょうどACOが数カ月後に全米ツアーでニューヨークに行くので、その時にオーディションを受けてくれと。

オーディションは日本帰国の直前でした。その前日、カーネギー・ホール(ニューヨーク市内のコンサート会場)でACOのコンサートを観て感動し、彼らに会いたいという思いを強く抱きました。

正式に合格通知を受け取ったのは、日本に引っ越し荷物を送った後でした。オーストラリアには行ったこともなく、正直あまり深く考えていなかったのですが、ニューヨークの先生が「行くだけ行ってみたら?」と背中を押してくれました。1998年にシドニーに渡り、ACOの正団員として採用されました。

――シドニーに来てどんな印象を持ちましたか?

ACOのメンバーたちは私を家族のように温かく受け入れてくれました。当初はオーストラリア人の英語が全く分からなくて、「7年もニューヨークにいたんでしょ」と言われましたが(笑)。でも、いざ楽器を持つとメンバーたちと気持ちは通じ合いました。「音楽は世界の共通言語だ」と感じましたね。

ACOでは、メンバーの皆がすごく真剣に音楽に取り組んでいます。同じ曲を何度も弾く時でも、コンサート前に毎回30分から1時間のリハーサルを行って、刺激し合っています。少人数でずっと一緒にツアーしながら緻密な時間を過ごしていますが、20年やっていても気持ちはいつも新鮮です。

――来豪から今年で20年。ACOの国内・海外ツアーで活動する一方で、2001年から毎年、シドニーでソロ・リサイタル、02年から毎年、キャンベラの在オーストラリア日本国大使館でチャリティー・コンサートを開くなど、個人のアーティストとしても幅広く活動しています。バイオリンを演奏していて、一番やりがいを感じるのはどんな時ですか? また、後藤さんにとってバイオリンとは何ですか?

お客様に演奏を喜んでもらえた時がとてもうれしいです。コンサートでは演奏者とお客様が一体化する瞬間があるんです。それが一番の醍醐味ですね。

ACOアカデミーの音楽監督兼リーダーとして、若い音楽家の指導も行っています。また、年に一度、高校生を対象とした講習会を行っています。1週間という期間中に皆がだんだんうまくなって、最後の日にコンサートを開くのですが、教えたことがすごいエネルギーになって返ってきます。逆に若い人たちから学ぶことが多くて、自分自身のパワーにつながっています。

バイオリンは私の体の一部であり、人と音楽を共有できる媒体です。昔は若さで強引に弾けてしまう部分がありましたが、年齢を重ねると共にだんだん不器用になってきます。練習しているといろいろなことに気付いてしまい、練習量が多くなってしまうのです。それでも私は気が小さい性格なので、とにかく練習を欠かすことはできません。

――これまでのオーストラリアでの活動を振り返って思うことは?

長年、励まして応援してくださっている私の友人たちと知人の方々やお客様たち、そして家族には、一言では言い足りませんが感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、私がACOに入団した当時のメンバーが今も半数くらい残っています。彼らは一緒に年月を重ねてきた家族のようなものです。時には討論もしながら、互いを高め合ってきました。オーストラリアの人たちは、損得勘定のない、助け合いの精神に溢れています。彼らから学ぶことはたくさんあります。

同時に日本の良さも感じています。日本が大好きなオーストラリア人もたくさんいるだけに、日本人としてきちんと襟を正していかなくてはいけません。音楽を通して、日本とオーストラリアの架け橋になれればと思っています。

――今後の人生の目標は?

これからもオーストラリアを拠点に活動していければと思っています。若い人たちと一緒に勉強できるような音楽祭をいつか開くことができれば良いですね。オーストラリアにはおいしいワインの産地やすばらしい自然がたくさんあるので、そうしたすてきな環境で、小ぢんまりとしたフェスティバルができれば良いなと考えています。

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