【シドニー虹色通信】3年ぶりに福島県を訪れて(パート2)

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第17回 3年ぶりに福島県を訪れて(パート2)

11号に記述した飯館村の元酪農協同組合会長である長谷川健一さんに薦められて訪ねた場所があります。そこは、虎捕山山津見神社(こほざんやまつみじんじゃ)で、長い間飯館村の守り神と言われる神社です。

原発事故前には、11月例大祭に2~3万の崇拝者が訪れる山岳信仰の中心であり、周辺村人の心の拠り所でもあった神社です。

しかし2013年4月1日、この山津見神社で原因不明の火事が発生し、消防団が全村避難に伴う不在で十分機能しなかったために被害が広がり、神社は全焼し神主さんの奥様が亡くなられてしまいました。

昔から飯館村の人びとは来訪者があると、この神社に一緒に参拝に来ていたそうです。亡くなられた奥様は裏千家のお茶をたしなむ女性で、そういったお客様にお茶を点て一緒に話をしたりと住民たちとの交流は深かったそうです。

そういった状況から、原発事故以降も避難先から毎日この神社に奥様は通われていたそうです。その神社と奥様を同時に失くしてしまった村人たちの衝撃はとても大きかったことでしょう。

消防団の不在は避難当初から心配されていました。避難後の村内ではお墓で線香をたくのも禁止されるほど、火の元には最新の注意が払われていたそうですが、その懸念が現実となってしまった事件でした。

山津見神社の火災で消火活動にあたった消防車は、村内に常駐していた飯舘分署の1台のほか相馬、南相馬など隣接地域に数台あったうち、最初に飯舘分署とともに駆けつけた1台だけだったといいます。

飯館村が全村避難になって以降、防災は消防団や自衛団が交代で見回りをするなどし、どうにか賄っていましたが、そんな最中の悲しい出来事でした。

山津見神社の守り狼
山津見神社の守り狼

私が今年10月に訪ねた際には、神社のほとんどが修復されていましたが、正面階段を上がったところで参拝者を迎える白狼の石像は、体の片面が黒くすすけたままでした。神社の真新しい建物と、この黒く焼けた石像狼とのギャップは、飯館村のきれいな緑色の山の景色と除染土を詰めた黒いフレコン・バッグを彷彿させました。

来年4月の避難解除を前に現在村の中は除染作業がますます忙しく、それに伴い外部の人間が多く出入りし、さらに治安は悪化しているそうです。

新聞沙汰になるような大きな事件はなくとも、空き巣泥棒や子どもや女性へのいたずらなどは後を絶たず、避難解除後、防災をどのように立て直していくかも大きな課題になっています。

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