AUSメディア・ウォッチ「トランプ旋風とオーストラリア」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第14回:トランプ旋風とオーストラリア

今月8日はいよいよ米国の大統領選挙だ。国際政治への影響も大きい米大統領選にはいつも世界の注目が集まるが、今回は特にそうだ。トランプ旋風を巻き起こしている共和党候補ドナルド・トランプ氏が大統領になる可能性もあるからだ。

「メキシコとの国境に壁を造る」に始まり、「オバマはISISの創設者だ」から「(ヒラリー・クリントン氏は)刑務所に入る」まで、虚偽も含めて不適切で過激な発言を繰り返してきたトランプ氏。

その発言はメディアで笑いの種にもなってきたが、正式な共和党候補となり、大統領になる可能性もある今となっては冗談にもならない。

共通するポピュリズムの動き

オーストラリアのメディアでも大きく取り上げられる米大統領選
オーストラリアのメディアでも大きく取り上げられる米大統領選

なぜ米国でこんなことが起こったのか。

問題はトランプ氏自身ではない。本当の問題はトランプ氏が人気を集める社会に潜んでいる。

それは、6月に英国の国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まったことや、欧州で右派勢力が強まっている背景とも似通っている。共通項はポピュリズムだ。エリートを敵視し、大衆の権利を尊重すべきだとする政治思想だ。

ポピュリズムが広まった背景には拡大する格差の問題がある。2008年のリーマン・ショックに端を発した世界的な金融危機を、上手くすり抜けた人とそこから立ち上がれなかった人。急速なグローバル化の波に乗った人と乗り損ねた人。そんな格差が広がる中、グローバル化疲れが蔓延し、そこからゼノフォビア(外国人嫌い)の思想や怒りが生じている。

その怒りの声を代表するのがトランプ氏であり、ボリス・ジョンソン氏なのであろう。

オーストラリアも対岸の火事ではない?

オーストラリアはどうか。極右政党ワン・ネーションを率いるポーリン・ハンソン氏が、トランプ氏と重ならなくもない。ハンソン氏は90年代、増え続けるアジア系移民の排斥を掲げて名を知られるようになった政治家だ。今年7月の総選挙で、イスラム系移民の排斥を訴えて18年ぶりの政界復帰を果たした。ワン・ネーション党からは4人が上院に当選している。

シドニー・モーニング・ヘラルド紙(16年9月24~25日)のピーター・ハーチャー氏は、「オーストラリアは、(他の)西洋諸国の『結束の危機』に巻き込まれるぎりぎりのところにいる」と警鐘を鳴らしている。

ハーチャー氏はその背景としてある調査結果に触れている。9月に発表されたエッセンシャル・リサーチの調査で、49パーセントものオーストラリア人が、イスラム教徒の移民受け入れ禁止政策を支持していることが明らかになったのだ。この政策を掲げるハンソン氏の当選を裏付ける結果だ。

オーストラリアン紙(電子版:同年9月28日)のポール・ケリー氏はコラムのなかで、この調査結果によって「この国が内側と外側で分断されていることが証明された」と書いている。

ケリー氏は、その分断が「州都の中心地から6キロ圏内の『ポリティカリー・コレクト』なゾーン」の内側と、「その外側のパブ」の間で起こっていると形容した。

外側にいる人びとは、「ポリティカル・コレクトネス(政治的に適切で偏見がないこと)」にうんざりしている。それはエリートの「きれいごと」でしかないからだ。だから、差別的だと言われながらも歯に衣着せない発言を繰り返すハンソン氏に共感する人が出てくる。

それはトランプ氏の人気の理由とも共通している。ハンソン氏に投票した人の数はトランプ氏の支持者数とは比べものにならないとはいえ、トランプ旋風がオーストラリアと無関係であるとも言い切れない。

オーストラリアの行方

トランプ氏はメディアが作り上げたと言われている。過激な発言をするトランプ氏をメディアがいじりすぎたため、必要以上の注目を集めたのだ。アメリカの後追いとならないよう、ケリー氏は次のように警告する。

「(ハンソン氏を)悪者、奇人またはセレブとして扱ったり、メディアが他の政治家以上に彼女に注目したりすることは愚行である」

一方で、オーストラリアの政治が、米国の状況とは程遠いことを象徴する出来事もあった。

トランプ氏とクリントン氏が第2回目の討論会でイスラム系移民について議論を戦わせていた先月10日(豪州時間)、「時を同じくして、遠く離れた(オーストラリア)では全く異なる風景が繰り広げられていた。

「マルコム・ターンブル首相と野党労働党のビル・ショーテン党首が、両党の働きかけとして、人びとが尊重し合える結束したオーストラリアを目指すことを国会で呼びかけたのだ」(エイジ紙、同年10月11日)

平等の権利、非差別的な移民政策、多文化主義を確認し、人種差別を非難するその呼びかけが、2大政党の両党首によってなされたことの意味は大きい。それは、ハンソン氏のような動きがごく一部のものであって、オーストラリアの主流はまだ健全であることを物語っていた。

オーストラリアを含む世界の国々にとっても他人事ではない米大統領選。さて、その結果やいかに?


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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