AUSメディア・ウォッチ「女性を演じる女性たち」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第26回:女性を演じる女性たち

1年半ぶりに日本を訪れた。オーストラリアに住み始めて16年。オーストラリア社会が生活の基盤になると、久しぶりの日本で気付くことがある。

今回「あれ?」と思った幾つかのことには共通点があった。

高いピッチの声で話すサービス業の女性。テレビ番組で、男性司会者の横で頷いたり、説明用のボードを持ったりする係の女性アナウンサー。天気予報を伝える、若くて可愛らしい雰囲気の「お天気お姉さん」。

いずれも社会に求められるある種の役割を演じる女性たちのように見えた。

「女性らしさ」という偏見

「女性らしさ」という言葉がよく使われる日本。そもそも「女性らしさ」とは何だろう。

その定義は人によって異なるだろうが、日本のメディアで求められているそれは、第一に「可愛らしさ」であるように見える。

それに加え「従順さ」もあると思ったのは、山尾志桜里前衆院議員の不倫疑惑をめぐるメディアの過熱ぶりを見た時だ。公職の立場にあったから問題だったとはいえ、そのたたかれ方にはタレント、ベッキーの不倫騒動にも共通する「行き過ぎ感」があった。そこには、女性の「従順さ」や「純潔さ」に対する厳しい目がなかっただろうか。

オーストラリアで女性に対する偏見がないとは言わない。初の女性首相であるジュリア・ギラード氏はかつて「魔女」と呼ばれてたたかれたことがあった。ジュリー・ビショップ外相も、2013年に唯一の女性閣僚だった時、「アイデアを出し、見解を示しても、(他の男性閣僚から)全く相手にしてもらえなかった」と告白している(シドニー・モーニング・ヘラルド紙、電子版:17年10月5日)。

しかしオーストラリアでは少なくとも、そういう偏見に対する批判が強い。だからメディアでは、男女平等にするための配慮がなされているように思う。

男性の声ばかりが耳につく日本の政治討論番組とは異なり、オーストラリアの討論番組は意図的かと思うほどパネルの男女比率が平等に近い。

日本の報道番組では補佐的な役割を担っている女性が多いのに対し、オーストラリアには番組を取り仕切る女性プレゼンターが多くいる。『フォー・コーナーズ』のセーラ・ファーガソン氏、『カレント・アフェア』のトレーシー・グリムショー氏、『レイトライン』のエマ・アルベリーチ氏など何人でも挙げることができる。『トゥデイ』や『サンライズ』などのワイド・ショー的な番組でさえ、男女1人ずついるホストの間に日本のような明確な性別役割分担はない。

子どもたちの意識から変える

「女性はかくあるべき」という概念は育った環境の中で育まれる。だから、子どもを取り巻く環境から変えていこうという動きが最近オーストラリアでは見られる。

西オーストラリア州は、州内の公立高校で女子もズボンの制服を着用できるよう規定を改定したばかりだ。スカートでは思うように動けないという11歳女子の要請を受けての教育省の判断だった(ABC、同年9月8日)。

10歳児を対象に行った豪ノートルダム大学の12年の研究では、女子に限って、制服よりも運動着を着た時の方がより活動的になることが示されている。

着る物が無意識に女子の行動を制限しているとすれば、遊ぶおもちゃも同じだ。バービー人形とおままごとセットは女の子用。プラレールとレゴ・テクニックは男の子用。そんなイメージはないだろか。

それはおもちゃが男女別にマーケティングされているからだと言うのは、13年に「プレイ・アンリミテッド(制限なく遊ぼう)」という運動を立ち上げたテア・ヒューズ氏。性別マーケティングで、「子どもの考え方やスキルの発達が制限される」と主張する。

それは例えば、レゴ・テクニックに没頭した男子に比べ、その機会さえ与えられなかった女子はエンジニアになる可能性が低いということだ。

「女性らしさ」の枠を超えて

SMH紙(10月12日)に掲載された風刺画。女の子をお姫様扱いしたり、女の子向けのおもちゃだけを与えることで、その可能性を制限してしまうことを皮肉っている
SMH紙(10月12日)に掲載された風刺画。女の子をお姫様扱いしたり、女の子向けのおもちゃだけを与えることで、その可能性を制限してしまうことを皮肉っている

日本を訪れて感じたもう1つのことは、日本社会も変化しているということ。

共働きは当たり前になりつつある。保育園では、子どもたちの送り迎えをするお父さんたちを多く見かけた。育休を取って子育てをしている男性もいたし、家族を連れて海外勤務中の女性もいた。

社会が変化してきているだけに、メディアで演じられる女性像に余計に違和感を覚えたのかもしれない。長野智子氏がメイン・キャスターを務める『サンデーステーション』のような番組もないことはないが、まだまれだ。

日本に根深く残る「女性らしさ」への信仰。テレビに映る女性像が、次世代を担う子どもたちに影響を及ぼさないわけがない。

昆虫博士女子がいても良い。女子がラグビーに熱中しても良いし、プログラマーを目指しても良い。女の子たちが制限されることなく可能性を広げられるよう、子どもたちの意識から変えていくというオーストラリアでの動きは理にかなっている。

日本の女の子たちは、「女性らしさ」や「可愛らしさ」の枠を超えていくことができるのだろうか。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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