AUSメディア・ウォッチ「肥満大国オーストラリア」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞を始め、テレビ、ラジオ、オンライン・メディア、映画、書籍などで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第35回:肥満大国オーストラリア

成人のほぼ3人に2人が肥満または過体重。子どもでも4人に1人が肥満または過体重。

信じ難い数字だが、オーストラリアの人びとはここまで太ってしまった。

オーストラリア政府が6月に発表した健康に関する報告書によると、過去20年間で健康的な体重の人の数は減少し、「重度の肥満」の人はほぼ倍に増えたという。

オーストラリアにおける肥満の人の割合は、OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国の中でもアメリカやメキシコなどに次ぐ世界5位の高さだ。

砂糖税という薬

WHOが推奨する1日当たりの砂糖の摂取量はティー・スプーン6杯。清涼飲料や加工食品に含まれる糖類で簡単に超えてしまう
WHOが推奨する1日当たりの砂糖の摂取量はティー・スプーン6杯。清涼飲料や加工食品に含まれる糖類で簡単に超えてしまう

肥満がやっかいなのは、その問題が肥満だけにとどまらないことだ。肥満が心臓病や糖尿病、その他の疾患につながることはよく知られている。

また、肥満の人が増えると国全体の負担も増える。

グラッタン・インスティテュートは、オーストラリア人の肥満が年間53億ドルものコストとして納税者の負担になっていると推計する。肥満の人にはより多くの医療費と生活保護費が掛かり、また彼らが支払う所得税も少ない傾向にあるからだ。

多くの問題をはらむ肥満。その対策として期待されているのが、肥満の大きな原因とされる清涼飲料に課される「砂糖税」だ。

清涼飲料には驚くほどの砂糖が入っている。例えばコカ・コーラ1缶に入っている砂糖はティー・スプーン約10杯分。1缶飲んだだけで、WHO(世界保健機関)が推奨する成人の1日当たりの砂糖の摂取量、ティー・スプーン6杯を軽く超えてしまう。

イギリスのセレブリティー・シェフ、ジェイミー・オリバー氏が砂糖税の導入を求める活動をしていたのを覚えている人もいるだろう。そのイギリスでも4月から清涼飲料への課税が始まり、世界で砂糖税を導入した国は28カ国になった。

この対策が本当に肥満に効果的かについてはもう少し時間を置かないと結果が出てこないが、それが人びとの消費に影響を及ぼすことは明らかになってきた。

2014年に砂糖税を導入したメキシコでは、その年の加糖飲料の売り上げが導入前との比較で5.5パーセント減少、その翌年には9.7パーセント減少した。

オーストラリアで砂糖税は実現しないのか

オーストラリアでも砂糖税の導入を求める声は高まってきている。

オーストラリア医師会(AMA)は今年1月、食生活と栄養に関するステートメントの中で、砂糖税は「優先的に導入されるべきだ」と呼び掛けた。

AMAは、オーストラリアの成人の半数以上が健康に害を及ぼすレベルの体重であるとした上で、清涼飲料の消費量が多過ぎると指摘。

「その消費量を減らすため、AMAはオーストラリアでの加糖飲料課税の提案を支持します」

ところが、医師会の強い呼び掛けにもかかわらず、砂糖税はなかなか現実味を帯びてこないのが現状だ。

グレッグ・ハント保健相は、肥満は複数の要因が絡む複雑な問題であるとし、砂糖税の導入には反対の姿勢を明確にしている。

また清涼飲料業界から反対の声が上がっているのは言うまでもない。

業界を代表するオーストラリアン・ビバレッジ・カウンシルのCEO、ジェフ・パーカー氏はAMAのステートメントに対し、課税が「国民の健康に目に見える効果があるという証拠は世界にない」と反論している。

公共放送ABCの調査報道番組「フォー・コーナーズ」(18年4月30日放送)では、同カウンシルが政府に対し砂糖税に反対するロビー活動を行っていることが指摘されている。

そして、そこにはロビー活動に反発できない政治事情も見え隠れする。課税を掲げた政党は、砂糖生産者が多い選挙区の議席を失う恐れがあるのだ。

番組内では、そのような選挙区の1つを代表するジョージ・クリステンセン国民党議員が取材に応じている。自身も体重が176キロあったために、胃の8割以上を切除する手術をしたクリステンセン氏。肥満になったのは「自分のせい」だと言い、国が関与する砂糖税に反対の立場を示した。

肥満解消のために

ガーディアンの調査によると、国民の半分以上に当たる53パーセントの人が砂糖税には賛成だという。

国民や医師会からの圧力がある中、オーストラリアン・ビバレッジ・カウンシルは6月、25年までに業界全体の砂糖の使用量を20パーセント減らすことを発表した。

しかしAMA会長のトニー・バートーン博士はこの対策を「お茶を濁して問題の本質から目をそらせるもの」と見ている(ABC、同年6月25日)。

今回の対策に個々の清涼飲料の砂糖量を減らす規定はなく、全体的な割合を減らすだけなら、低カロリー飲料やミネラル・ウォーターをより多く生産するだけで実現できるからだ。

エイジ紙(電子版:同年6月26日)の社説も、このような対策では「十分ではないし遅過ぎる」と批判。砂糖税を導入すれば清涼飲料の消費を抑えられるだけでなく、肥満予防教育のための資金を税収として得られると主張する。

肥満問題は国が介入する必要があるほど悪化してきている。政治や業界の損得勘定とは切り離して議論し、きちんとメスを入れて欲しい。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton

米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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