「音のボキャブラリーを探し続ける」 藤井郷子さん&田村夏樹さん インタビュー

インタビュー

音のボキャブラリーを探し続ける

藤井郷子さん& 田村夏樹さん

Photo: ©Naoto Ijichi

11月7日から17日まで開催された「シドニー・インターナショナル・ウィメンズ・ジャズ・フェスティバル2018」でジャズ・トランペッターの田村夏樹さん、ジャズ・ピアニストの藤井郷子さん夫婦が所属するユニット「Kira Kira」の演奏がシドニー市内で行われた。海外で多くツアー活動やフェスティバルに参加する2人は、共にアメリカの音楽学校でジャズを学んだ後も、独自の音の世界を切り開き続けている。彼らが考える音楽、目指しているところなどについて話を伺った。 (聞き手=高坂信也)

――現在の活動内容について教えてください。

藤井郷子さん(以下、藤井):日本、ヨーロッパ、北米をメインにツアーを行っています。最近はオーストラリアも1~2年に一度は訪れています。

――今回(Sydney International Women’s Jazz Festival 2018)のようなフェスティバルに参加することが多いのですか。

田村夏樹さん(以下、田村):いろいろですね。

藤井:複数のユニット(プロジェクト)で活動しているんです。今回だと、パース・インターナショナル・ジャズ・フェスティバルで私のソロと彼とのデュオ、その後のアデレードからはアリスター・スペンスと一緒に活動しているユニット「Kira Kira」で、ニュージーランドも含めた残りのツアーを行います。10月の北米ツアーでカナダとアメリカに行った時は、日本人ドラマーを含めた3人で活動しているユニットで全てのライブ会場を回りましたね。

――幾つのユニットを持っているのですか。

田村:彼女は気が多いので、たくさんありますよ。

藤井:東京、名古屋、神戸、ニューヨーク、ベルリンで15人ほどのビッグ・バンドを主宰しています。他にもソロからデュオ、トリオ、カルテット、大編成などあるので、数えたら相当な数になると思います。

――それほどの数のユニットを、どのように維持・継続しているのですか。

藤井:執拗な性格でないと消滅してしまうと思います。私たちの音楽は商業的なニーズがほとんどありません。ポップスなどの一般的に言われる“売れる音楽”ではないので、自分たちの熱意がなければ続けていくことができない種類の音楽ではないでしょうか。なので、いかにしつこいか、ということが大事です(笑)。

田村:僕はしつこくないので、始めたバンドがすぐに消滅しちゃう(笑)。気が付くと、「もう5年(演奏を)してないな」とかね。

ジャズの中のメインストリームではない方

――藤井さんはピアノの内部に手を入れて音を出されている時もあります。そのような演奏技法は独特だと言われませんか。

今年11月のシドニーでの公演(Photo: ©Naoto Ijichi)
今年11月のシドニーでの公演(Photo: ©Naoto Ijichi)

藤井:そうした技法を使う人はたくさんいます。私はまだ使わない方で、逆に(ピアノの)内部しか使わないピアニストも多くいるくらいです。1900年代にジョン・ケージ(John Cage)という有名な現代音楽の作曲家が、恐らく一番最初にやり始めたと思います。60年ほど経っている手法ですが、商業的なアプローチではないので、なかなか知られていません。現代音楽や、私たちのようなアバンギャルドな音楽においては一般的に使用する手法です。
 時々、壊れないのかと心配されることもあります(笑)。ピアノの内部には触ってはいけない箇所もあるので、知らない人が触ると危ないです。私も常に調律師と連絡を取り合いながら、ピアノを壊してしまう所は絶対に手を着けないという大前提の下で、「こういう音を出したいのだけれども、どう?」と確認しながら演奏しています。

――その技法を取り入れようと思った理由は何でしょう。

藤井:“いろいろな音が欲しい”からです。ピアノの内部演奏は、英語で「Extended technique」や「play strings」と言われますが、私は弦だけではなくフレームもたたいたりします。あくまでも「音楽を面白くしたい」「もっとボキャブラリーが欲しい」という、出てくる音を一番に考えています。そのための延長線上として弦を使っていますね。

田村:別にびっくりさせようと思って、しているわけじゃないんですよ(笑)。

田村さんと藤井さんのデュオ・セッションの様子(Photo: Bryan Murray)
田村さんと藤井さんのデュオ・セッションの様子(Photo: Bryan Murray)

藤井:ピアノの表現には限界があるんです。例えば、ピアノはポンと弾くと物理的に音は減衰します。トランペットのように空気を吹き込んで音を減衰させないようにすることは絶対にピアノではできない。他にも調律されていて、その間の音が出ないことがピアノの限界。「ド」と「ドのシャープ」の間の音が欲しいと思っても出せない。だから弦を直接触ることでピッチを変えています。
 結果的に私はその手法を使っていますが、「何でそんなことをするんだ」と怒る人もいます。一種のカルチャーショックを受ける人がいるみたいですね。実際には60年以上使われてきた手法なんです。

田村:僕はミュートを使って、空気の音や「ベベベベベ」といった音を出す。それが普通っぽく聞こえないんだけれども、「この場面でこんな音があったら面白い」という理由だけで演奏しているかな。何でそんなことをするんだって言われる時があるけれど、「何でやっちゃいけないの(笑)」と思っちゃう。そうしたことをするのもボキャブラリーの1つじゃないかな。

――自分たちの音楽は商業的ではないと話されましたが、それは具体的にどういうことでしょうか。

藤井:ジャズにはいろいろな定義があるので何とも言えませんが、私はジャズをしているつもりです。

田村:僕は絶対ジャズに入ると思う。“ジャズの中のメインストリームではない方”かな。

藤井:英語では「Creative Music」と説明されます。ジャズには、その形式の中で演奏していれば“ジャズ”だと定義する人もいます。そのスタイルも最初からあったわけではなく、いろいろな道を通ってきたのですが、私たちが演奏しているのはそうした形式でのジャズではないですね。ただ、即興部分があったり、常に多くのものをオープンに取り入れたりといった、ジャズの一番大切な精神性は継承していると思います。

田村:一般的には「アバンギャルド」や「現代音楽(風)」などと、言われることが多いですね。

――どのような経緯でCreative Musicに行き着いたのですか。

藤井:私たちはアメリカで音楽を勉強したのですが、そこは常にアイデンティティーや自分とは何だろうかと意識させられる環境でした。海外から日本を見ながら音楽を学ぶ中で、「本当の自分の音楽とは何か」という問いに、まずはぶち当たりましたね。

田村:僕はバークリー(音楽大学)で学んだことが大きい。学校のプラクティス・ルームの前を歩くと、どの部屋からも同じフレーズが聞こえてくると思うと皆、定石フレーズ、ジャズの常套句みたいなのを練習している。それを聞いて「これって何なのだろうか」と。そのことを反面教師にして自分が素直に演奏したい音楽は何なのかを考えた結果、だんだんと変わってきましたね。

日本の音楽の輸出

――日本よりも海外での評価が高いと思うのですが、その要因は何だと分析していますか。

藤井:もう少し日本で仕事があれば良いのですが……(笑)。逆にそれが1つの理由で、海外に行かなければならないと考えてしまいました。けれど、日本でも面白い音楽がたくさんあって、私なんかよりもっと冒険的で実験的なことに挑戦している人が多くいます。
 ヨーロッパには異常な日本ファンがたくさんいます。最近だとノルウェー政府が文化的活動を支援していて、助成を受けることでノルウェー・ジャズ(スカンジナビア・ジャズ)は世界中で演奏されています。演奏することで認知され、今彼らは絶大な評価を受けています。日本のジャズも同じように輸出をすれば、高い評価を受けると思います。残念ながら、日本の行政はそれにまだ気付いていないみたいです。

――個人で海外に出て行くしかないですね。

藤井:そうですね。行政側が戦略的にそうした活動ができれば、更に日本の文化が世界に出て行くきっかけにもなると思います。本当にもったいないですよ。ヨーロッパやカナダは行政側が文化活動に対し助成を行っていますが、私たちのような音楽は残念ながら何の助成も受けられなければ渡航費がカバーされることも難しい。そうなると結局、助成も受けられず海外に出て行くこともできないんですよ。本当に日本の音楽が世界に紹介できれば面白いと思うのですが。

――今後の目標を教えてください。

藤井:私は今年60歳の還暦を祝って、1年間毎月1枚CDをリリースしました。来年はどうしようかと考えた時に、祖母の話を思い出しました。祖母が85歳を過ぎたころ、「耳が聞こえなくなってから耳の中ですごく奇麗な音楽が流れてくる。こんな美しい音楽は聞いたことがない」と話してくれました。私はどんな音楽なのか一生懸命聞いたのですが、もう祖母は亡くなってしまったので、どんな音だったのか分からずじまいになってしまいました。けれど、その音楽を腰を落ち着けて探ってみたいなと。答えはないのですが、そういう音楽を作ってみたいという展望があります。

田村:よく聞かれるのですが、抱負とか目標とか何もないんですよ。いつも困るんだよね。行き当たりばったりの人生なんで。じゃあ、「こたつに入ってミカンを食べながら、映画を観る」にしようかな。

藤井郷子(ふじいさとこ)プロフィル◎東京生まれ。4歳からクラシック・ピアノを始める。1978年上京。84年渡米、ボストンのバークリー音楽院入学。93年再び渡米、ボストンのニューイングランド音楽院サードストリーム別科、94年同大学の本科大学院ジャズ科に入学。96年以降リーダーとして70枚以上のCDをリリース。2001年度ダウンビート誌評論家投票(アメリカ)で「Satoko Fujii Orchestra」が「より幅広く注目されるべき才能」に選出。05年度同投票、新人賞、アレンジャー部門第5位、15年度同投票「Satoko Fujii Orchestra」がビッグ・バンド部門で受賞

田村夏樹(たむらなつき)プロフィル◎滋賀県生まれ。高校卒業後上京。スマイリー小原とスカイライナーズ、今城嘉信と「ザ・コンソレーション」、宮間利之と「ニューハード・オーケストラ」などで演奏。その後フリーのミュージシャンとしてアイドル歌手のツアー・バンド、テレビ、スタジオなどで活動。1986年、渡米。ボストンのバークリー音学院に入学。87年帰国し、93年再び渡米。ボストンのニューイングランド音学院に入学。97年帰国後、日本、欧米を中心に自己のバンド「Gato Libre」や藤井郷子のバンドで活動。海外のフェスティバルにも出演多数。CDリリースも多数

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