田中角栄元首相、豪州でのひと時

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐拾七:田中角栄元首相、豪州でのひと時

今年は元号が「平成」から「令和」へと代わり、昭和をますます遠くに感じるようになりました。その昭和に歴史を刻んだ1人で、「日本列島改造論」を掲げ政権を得た田中角栄元首相が1974年10月に来豪されました。その際、縁があって、キャンベラの大使公邸で田中角栄元首相を迎える会食の準備を任されることになりました。

私の知る戦後の日本は確かな未来を築き上げようと躍起になっていました。戦争で失われたものを復興させ、日本を希望の未来へと進めるために、庶民も政治家も激しく論争していました。そんな中、地方を活性化させ日本全体を盛り上げていこうという夢のような政策「日本列島改造論」を打ち立て政界に旋風を起こしたのが田中元首相でした。彼の言動には注目が集まり、人びとは変わろうとする日本に不安と共に期待感を膨らませました。

結果的に世の正義を問われ、田中元首相は辞任してしまいますが、日本に時折、帰国して旅をすると田中元首相の功績を感じます。新幹線で北海道、本州、九州までつながり、四国へは、橋で簡単に渡ることができるようになりました。それによって地方の食材や料理を楽しみやすくなりましたし、70年代のころから考えると夢がかなったかのように感じられます。

1972年7月から74年12月まで内閣総理大臣を務めた田中角栄氏
1972年7月から74年12月まで内閣総理大臣を務めた田中角栄氏

さて、田中元首相ですが、日本航空の特別機で慌ただしく来豪されました。そして、日本からわざわざ、新潟産の米、しょうゆや樽仕込みのみそ、新潟の樽酒、ジュンサイなどを持って来られました。そこから郷土、地方にこだわる首相の心意気を感じ取ることができました。同時に、大名行列を思い起こしました。というのも、地方の大名が土地の名物となる物産を持参することで、地域の地場産業の活性化につなげていこうという勢いのようなものを感じたためです。

打ち合わせの時間は限られていましたが、田中元首相の趣向と好みを担当の人から聞き取りました。越後の郷土料理を意識し、また公邸での食事ということもあり、好きな物を選んで取って頂けるよう、台のものを用意したり、大皿に盛り付けるなど準備をしました。

最初に準備した料理は、たしか真鯛の刺し身と剥き物でした。そして、鯛の姿焼き、桜鯛におからと山菜を仕込んでから蒸したもの、酢じめした小鯛の「雀寿司」、ジュンサイの酢みそ和え、ジュンサイの吸い酢(だしを多めの飲める酢)、鯛の塩味で整えた「うしお汁」などを用意し、新潟産のコシヒカリのご飯を添えました。

米どころの新潟出身の田中元首相に、シンプルに炊いたご飯を出すということで、気を遣いました。気持ちを込めて、米を研ぎ、盆ざるに上げ休ませ、大使館にあった蒸留水を使い日本の炊飯器で炊き上げました。酒は「越乃寒梅」。最後はオーストラリアの果物で締めくくりました。

田中元首相の大きなしゃがれた声は料理を準備している厨房にまで響きわたっていました。その声から彼の豪快な姿を想像することができました。食事が始まる前に、ラウンジで主賓となる田中元首相と会う機会がありましたが、紹介され軽くあいさつを交わした程度で、ありふれた会話を交わすようなことがままならない雰囲気を醸し出していました。いかにも昭和の首相らしかったと思います。オーストラリア、ニュージーランド訪問からの帰国後まもなく、首相は辞任することになったのですが、その後も彼の姿勢が変わることはなかったように覚えています。

冒頭で、「縁があって」と言いましたがましたが、なぜこのキャンベラ大使館での田中角栄元首相のイベントに私が起用されたかと言いますと、当時ソニー・オーストラリアの社長のトニー遠藤氏ご夫妻(奥様の雅子女史は作家)が当時の大使に私を推薦して頂いたことにより決定されました。この遠藤氏は後にパリのマキシム及び東京は銀座のマキシムの社長になられた、日本では著名な食への造詣の深い人でした。

昨今、日本経済活性化の1つとして、官民一体で日本食材を海外へ広めようという動きが強まっています。地方の魅力的で愛されている食材を海外にも浸透させたいという強い思いが、日本の各地域の生産者の中で高まっているようです。

その活動により、ひと足早く海外で定着し始めたのが日本酒です。海外で楽しめる銘柄はどんどん増え、更には日本料理の人気も相まって、うれしいことに相乗効果を生み出しています。また、海外から日本を訪れる人も増えています。彼らが声をそろえて言うのは、日本の新幹線の便利さと、地方料理の豊かさです。

亡くなっていく昭和の人たちの希望と夢を、元号が変わっても受け継がれていくことを願っています。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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