「カー・シェアリング」が車社会を変える オーストラリア・カー・ライフの今【シドニー版】①

「カー・シェアリング」が車社会を変える オーストラリア・カー・ライフの今

モータリゼーションが浸透しているオーストラリアでの暮らしにおいて、自動車は移動手段として欠かすことのできない存在だ。ただ、物・サービス・場所などを多くの人と共有・利用する社会的な仕組み「シェアリング・エコノミー」が近年台頭し、それは車社会の在り方をも大きく変化させている。都市部の若い世代を中心に車を持たない生活を選ぶ人も増えてきている。そんな中、この国の車社会は今後どのような方向に進んでいくのか。現在注目を集めているカー・シェアリングも含め、オーストラリアのカー・ライフの今を考察する。(文:植松久隆/本紙特約記者)
※筆者はブリスベン在住

オーストラリアでは、鉄道網が日本ほど発達していない。各州の州都を中心とした都市圏でも、鉄道は全てのエリアを網羅しておらず、その充実度は日本とは比べるまでもない。バスも同様で、日本のように安定した運行がされない、ダイヤもあってないかのような気ままな運営は、もはやこの国の風物詩とも言えるだろう。

このように公共交通機関への信頼性が低い状況では、ますます自動車から離れなくなるはずなのだが、必ずしもそうとは言い切れないのが最近の、特に都市圏での傾向だという。読者の中には日本では運転していなかったのに、この国で必要に迫られ運転を始め、今では車なしの生活なんて考えられないという人も少なくないだろうが、都市部は必ずしもそういう人ばかりではない。

日本と比べようがない程に広大な国土を持つオーストラリアでは、やはり自動車での移動が最良の手段となる場合が多い。例えば、シドニー中心部からハンター・バレーやポート・スティーブンス、ジャービス・ベイ、キャンベラへの行き方を見ていくと、公共交通機関はあまり便利ではないと言えるので移動手段は車のほぼ一択になる。

そうであれば、誰もが車を手軽に持てるかというとそうとも言い切れない。この国の自動車販売は新車が割高で、中古車の相場も車の年式や程度にかかわらず高い。日本では下取りでも幾らにもならないような車が、それなりの値段で取引されることに驚くことは少なくない。また、一家に1台ならぬ1人に1台が珍しくないため、車で通勤・通学する人の割合が非常に高い。そのため、特に都市部においては、急激な人口増加に都市インフラの整備が追い付いていないこともあって、道路渋滞が日に日に悪化している。

それでも、「どうせ、この国の車依存は変わらない」と思いがちだが、最近はどうやら事情が少し違うらしい。

シドニー、メルボルンの二大都市圏を主として「車を持たない」という選択肢を選ぶ人びとが増えてきている。「車も安くない、維持費もバカにならない、公共交通機関も便利でない」という状況下での車を持たない層の中心は「車に乗るのは本当に必要な時だけ」「週末しか車に乗らない」というライト・ユーザー。そんな彼らにも、急な外出、大きな物の運搬など、車が必要な状況は起こり得る。そんな折のニーズに応えていたのは、今までは、遠出であれば「レンタカー」、それ以外では、家族や友人にいわゆる「リフト」(オーストラリアでは車で送ってもらうことをこう呼ぶ)をお願いするかのいずれかだったろう。

しかし、最近はここに新たな選択肢が加わり、好評を博している。さまざまな分野でライフスタイルを激変させている「シェアリング・エコノミー」の一環としての「カー・シェアリング」という考え方だ。

カー・シェアリングとは

配車サービスとしてオーストラリアでも広く普及しているUber
配車サービスとしてオーストラリアでも広く普及しているUber
カー・シェアリング業界をリードしてきたGoGet
カー・シェアリング業界をリードしてきたGoGet
HopHop Rideに代表される新たなサービスも人気を博してきている
HopHop Rideに代表される新たなサービスも人気を博してきている

「カー・シェアリング」と聞けば、オーストラリアでも瞬く間に普及して既存のタクシー、ハイヤー業界を駆逐しようかという勢いの「Uber」を連想する読者が多いだろう。しかし、Uberやその競合でオージー企業である「GoCatch」(Web: www.gocatch.com)は、ネットを介しての「配車サービス」で、タクシー業界と直接の競合関係にある。業界用語でも「ライド・シェアリング・サービス」として差別化されており、「1台の自動車を複数人で共有、または共同利用する」と定義づけられる「カー・シェアリング」とは異なる。

ここでは、より純粋に「カー・シェアリング」の範疇(はんちゅう)でサービスを行う企業に注目したい。都市部で、車体にあまり人目を惹き過ぎない程度に「GoGet」(Web: www.goget.com.au)または「Car Next Door」(Web: www.carnextdoor.com.au)と書かれた車を見掛けたことはないだろうか。これらは、車を所有しない暮らしを選択する層が一定数で増えてきている都市圏で伸長しているカー・シェアリング会社の典型だ。

その「カー・シェアリング」のサービスは、大きく上記の2社のものに大別される。最大手のGoGetは、同社自身が個人に貸し出す形でサービスを展開。業界の先駆けとして2002年にシドニー近郊のニュータウンで創業した同社は、今や全豪5都市(シドニー、メルボルン、ブリスベン、アデレード、キャンベラ)で事業を展開している。同社ウェブサイトのトップには、今やメンバーの数は9万人を超え、開業以来、実に4万回以上の利用があり、稼働する車の台数は2,500台と誇らし気な数字が並ぶ。

利用に当たっては、会員登録をして、車の開閉時の鍵となるスマート・カードを郵送か、所定の場所で受け取る。その後、市内に駐車されている車まで何らかの手段で移動。スマート・カードで車を開けて、鍵を取り出してから運転する。料金は、一番カジュアルな利用者向けの「GoStarter」でメンバーシップが年間49ドル。このプランでは、1日貸し切り(150㎞限定)は85ドルから。または、短距離・短時間であれば、1時間10.45ドルと1㎞ごとに0.40ドルの料金が計算される。例えば、「2時間を掛けて10㎞の道のり」を運転すると、料金は24.90ドル(10.45ドル×2時間+0.40ドル×10㎞)となる。

これを高いと取るか、安いと取るかは判断の分かれるところ。ドライバーと搭乗者が3、4人で割り勘という場合、1人当たりの負担は6ドル少しとなってくる。初回には、前述のメンバーシップ・フィーの支払いもあることを考えれば、初回の負担は84.90ドル。もし、利用が1回だけであれば、コスト・パフォーマンスはがた落ちになるので、元を取るには継続利用が必須となる。

試しにウェブサイトのトップにあるカー・リサーチで近くにある車を検索してみた。筆者はブリスベンの中心部からそう遠く離れていないインナー・サバーブの外れのエリア在住だが、午前8時、車のタイプ指定なしで検索してみて、その結果に驚いた。最寄りの車が停めてある場所まで、何と「徒歩53分」。この距離を歩け(または、誰かにリフトしてもらえ)ば、トヨタRAV4の「Maiko(舞子?麻衣子?)」号が筆者を待っているとのこと。

Go Getの名誉のために、同じ条件で創業の地、シドニーのニュータウンで検索してみると、違う意味でびっくり。最短徒歩2分の距離に5台。5分の距離には実に14台の車が選り取り見取り。この比較で浮かび合ったのは、わずか5都市での運営でも地域格差ははっきりしているということ。残念ながら現時点ではブリスベンでの使い勝手はさほどではないと言わざるを得ない。

個人間でのカー・シェアリング

業界最古参として先行してきたGoGetの対抗勢力に挙げられるのは、Car Next DoorとDriveMyCar(Web: www.drivemycar.com.au)といった独自のサービスを展開している会社。これらは、“Peer-to-peer car share”と呼ばれる個人と個人の間でのカー・シェアリングを仲介するサービスを提供し、好評を博している。そのサービスのイメージは、「Airbnbの車版」と考えてもらえば分かりやすい。会員となったユーザーが車を使いたい場所で専用アプリを使って車を検索すれば、ロケーションの近いものがスマートフォン上に表示され、そこでマッチングが成立するという流れだ。

気になる料金は、Car Next Doorを例にとって、GoCatchと同じ「2時間で10km」で試算してみる。一番の違いは、「Featherweight」会員だと入会金、年会費が無料。代わりに予約手数料が5ドル掛かる。距離代金は1km当たり33セントで、10kmなら3.30ドル。車のオーナーが設定する時間ごとの貸出料は車によってまちまちだが、隣のサバーブで拾える車が1時間当たり6ドルとあるので、そちらを選択すれば、2時間で12ドル。それらの費用を足すと合計20.30ドル。Go Getよりは4.60ドル安い。初回はメンバーシップのコストがない分、気軽に始められる。

ただし、これらのサービスには不安がないわけではない。各サービス提供会社は車の提供者、車の整備のコンディションをケアしていると当然強調するが、やはり、全く知らない人の車に乗り込むという不安感は拭えないという人は少なくないはずだ。心理的にレンタカーを運転するほどに気楽にという気分にはなかなかならないのではないだろうか。

自動車サービスの行方

今回触れた「カー・シェアリング」「ライド・シェアリング」のサービスは、シェア・エコノミーだからこそケアできる社会のニッチなニーズを埋めてきた。長時間のレンタルが主役のレンタカー、降車するまでメーターが回り続けるタクシーでは、こういうニーズはカバーできなかったからこそ、ビジネス・チャンスがあったわけだ。今後は都市部で、タクシー代わりの「ライド・シェアリング」、レンタカー代わりの「カー・シェアリング」という使い分けが加速していくのだろうか。更には、かつての長距離移動の定番ヒッチハイクに代わる「長距離移動のライド・シェア」を提供する「HopHop Ride」(Web: www.hophopride.com.au)のようなサービスもツーリストやワーキング・ホリデー・メーカーなどに人気という。

シェアリング・エコノミーの激しい流れは、世界に冠たる車社会たるオーストラリアの車社会の在り方にも変化をもたらした。数多くの選択肢を自らのライフスタイルに合わせて活用していくことが利便性の向上、経済活動の促進につながることはすばらしいことだ。他方で、既存の競合ビジネス、特に州当局がライセンスを発行することで成り立っているタクシー業界とそこに携わる人びとの苦境を思う時、そこへのケアは当然必要となる。その意味で、今年2月にNSW州がオーストラリア州都特別地域(ACT)に続いて導入した、Uberユーザーへ利用ごとに1ドルの課税をして、その税収をタクシー業界の補償に回すという仕組みなどは考慮に値する。また、利便性の向上の裏に潜む安全性の問題も軽視はできない。シェアリング・エコノミーの利用でのさまざまなトラブルなどは、利便性が先に立っての安全性の確保や法整備が後手に回ったことの証左であり、事故が人命に関わる車関連での取り組みは急務だ。

10年、20年後、この国の車社会の在り方はどう変わり、次はどんなサービスが我々のカー・ライフに恩恵をもたらすのだろうか――。


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