被災地中学生、久しぶりの外遊びを満喫

東日本大震災特集

 

東日本大震災2周年

被災地中学生、久しぶりの外遊びを満喫

ピースボート主催「福島子どもプロジェクト」で南相馬中学生来豪

2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う大津波により壊滅的な被害を受けた福島県南相馬市では、東京電力福島第1原子力発電所事故の影響も受け、現在も多くの住人が避難生活のストレスや放射能への不安を抱えながら暮らしている。

見通しの定まらない除染作業が続く中、屋外での遊びを制限され、たび重なる仮設校舎への引っ越しなどで不安定な学習環境に置かれている子どもたちにとっても、日常の変化は大きい。

国際交流を目的とした船旅などを企画する非営利団体「ピースボート」は震災後、福島の子どもたちに夢と健康を届ける活動として「福島子どもプロジェクト」を立ち上げ、これまでに2度、福島の中学生を対象とした海外渡航プログラムを実施してきた。

3度目となる今回は、地元平和団体「ジャパニーズ・フォー・ピース(JfP)」が活動の拠点とするメルボルンが渡航先に選ばれ、福島県内の中学校6校から12人の生徒が3月24日から1週間、アウトドア活動、国際交流、環境教育を中心とした充実した日々をメルボルンで過ごした。


自然の中で遊び、笑顔

「生徒たちが来る前に書いてくれたお手紙の中で、できるだけ外で遊びたい、という強い希望があることを知り、なるべくたくさんの野外活動をプログラムに組み込ました」。生徒たちの受け入れや引率に協力したJfP代表のプレストン香寿代氏は、海は津波の経験が思い出され、怖がる生徒がいるのではないかと懸念したが、心配をよそに、生徒たちは大喜びでビーチでのサーフボードや綱引きなどのアクティビティーを楽しんだという。

そのほか、現地校生徒と一緒に駆け回って遊んだフットボールや、南十字星の下でのキャンプ・ファイア、ワラビーの餌やりなど、オーストラリアならではの遊びや自然を満喫した。


(左)多くの生徒が「一番楽しかった」と挙げたパイパーズ・クリークのウォーター・スライダー(右)サーフィンを初体験

滞在中一番楽しかったことを数名の生徒に訪ねると、全員一致で「ウォーター・スライダー!」と、VIC州郊外パイパーズ・クリークにある農場で遊んだ日のことを話してくれた。屋外で思い切り遊んだ楽しい時間が、やはり印象深かったようだ。

しかし、JfPメンバーで生徒たちを引率した松岡智広氏は、生徒の無邪気な姿の背後にある故郷・福島での日常が、会話の節々にふと表れるのを感じたと言う。

「福島に帰ったらどうせ泳げないから、と強風の寒い日でも無理をして海に入った子たち。裸足で歩くのなんて本当に久しぶり、とつぶやいた子…。笑顔の背後にあるこのような重い日常を若い人々に背負わせ、このような事態を引き起こし、またそれを容認し続けているわれわれ大人たちの責任、罪の重さを痛感せずにはいられません」

福島、日本、オーストラリア、世界
視野を広げた環境教育


風力発電施設ヘップバーン・ウィンドファームを見学

今回の「福島子どもプロジェクト」は、メルボルンで持続可能な暮らしについて学ぶことを目的の1つに掲げていた。生徒たちは、学校をあげて持続可能プロジェクトに取り組むベントリー・セカンダリー・カレッジや、風力発電施設ヘップバーン・ウインドファーム、VIC州中部ヘップバーンのメリオドラ・パーマカルチャー・ガーデン、そして持続可能な社会モデルを実践するセレス環境パークを見学した。

その土地の自然環境を取り入れた暮らしや、福島のものを含め原発を支えるウランの多くはオーストラリアで採掘されていること、またその背景にある議論について学んだ12人は、地元と世界との結びつきを再認識した様子だった。

生徒たちは、「私たちが住んでいるのは海岸沿いなので、風車とか建てたらすごく回るんじゃないかなって思いました」(山崎さん)、「日本に帰ったらこの旅行で学んだことを学校で発表する機会があるので、その時にパーマカルチャーのことなどを話したいと思います」(渡部くん)と延べ、地元で考えを共有し、持続可能な生活への取り組みの輪を広げていく考えを示した。

「英語を話せるようになってまた来たい」
暖かさに触れた国際交流

メルボルン滞在中、生徒たちはホストファミリーと過ごした。「私のおうちでは、お母さんじゃなくてお父さんが専業主夫で、料理とかすごく上手に作ってくれてびっくりしました」(後藤さん)、「お家の庭にプールとかテニスコートがありました」(石橋さん)と、初めての外国での生活には、驚くことがたくさんあったようだ。

不安とともに訪豪した生徒たちだが、それはホストファミリーも同じだった様子。渡部くんと紺野くんをホストしたヘレンさんは「私も日本語はぜんぜん分からないし、2人がちゃんと楽しんでいるのか判断が難しかったです。でも、うちの5人の子どもたち、特に下の子どもたちは2人によくなついていたし、それに最後には彼らの“また来たい”という言葉も聞けて安心しました」と話した。

12人を日本から引率したピースボートのドワイヤーはづき氏は、「彼らの顔が南相馬を出た時と今ではぜんぜん違います。本当にいい経験をして、暖かさに触れたのだと思う」と話した。

2月に核兵器廃絶の願いを込めてジュリア・ギラード豪首相に千羽鶴を贈ったギズボン・セカンダリー・カレッジの生徒たちは、その後、福島の生徒が訪れることを知り、千羽鶴を贈ること、それも別々の6校から来るのに1つでは困るだろうと、6,000羽折ることを提案したと言う。

「1カ月しかない中、それは無理だろうと止めました」と、JfPメンバーで同高校日本語教師の伊香賀典子先生は話す。「でも、一部の生徒がどうしても作りたいと全校生徒に集会で呼びかけ、途中何度も無理だと思いましたがぎりぎりで前日に6,000羽に達しました」

心のこもった暖かい歓迎に、生徒たちは3月31日のお別れ会で感謝の気持ちを述べた。全員が、「楽しかった」「英語をもっと話せるように勉強して、また来たい」と、時に涙を見せながら挨拶した。


ギズボン・セカンダリー・カレッジの生徒が休み時間や放課後、授業時間も割いて全校規模で制作に取りかかった6つの千羽鶴を福島の生徒たちに贈呈

メルボルンで活動する津軽三味線奏者で親戚が福島に居住する只野典子氏は、当日『相馬節』を演奏し、「今回受けた喜びを家族や友だちに伝えて、オーストラリアも皆さんをサポートしていることを伝えてもらえたら嬉しい」と生徒に呼びかけた。

プレストン氏も、「若いからいろんなことがあると思うけど、オーストラリアで経験したことがいろんな励みになったり勇気になったりしてくれたら嬉しい。いつでも戻って来てください。1週間体験したことを忘れないでね」と伝え、オーストラリアからの継続的な友好と支援を強調した。


ピースボート・プロフィル
顔と顔が見える繋がりから育まれる平和を目指し、国際交流の船旅などを企画する非営利団体。1983年より世界1周などのクルーズをコーディネートし、地雷廃絶キャンペーンなど平和プロジェクトも手掛ける。

Japanese for Peaceプロフィル

2005年3月に設立した日本人を中心とする平和活動グループ。毎年8月に広島・長崎平和コンサートを開催。そのほか多数のイベントを企画すると同時に、地元のグループや活動家、他民族のグループとも交流を持ち、平和活動のネットワークを広げている。
Web: www.jfp.org.au
Email: info@jfp.org.au

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