与党自由党の惨敗に終わったウェントワース補欠選挙

与党自由党の惨敗に終わったウェントワース補欠選挙

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

10月20日、自由党のターンブル前首相の政界からの引退に伴い、NSW州のウェントワース連邦下院選挙区で実施された補欠選挙は、「二大政党選好率」ベースで17%程度という、極めて大きな反与党スウィングが発生し、新人で無所属のフェルプス女史が初当選を果たすという、歴史的な結末となっている。

補欠選挙の結果

ウェントワース選挙区は、2004年選挙から前回の16年7月選挙まで、ターンブルによって保持されてきたが、16年選挙におけるターンブルの第1次選好票得票率は実に62%で、「二大政党選好率」は自由党が68%に対して、労働党の方は32%であった。ところが今次補選では、第1次選好票ベースで実に20%近くの、また「二大政党選好率」ベースでは17%以上の反与党スウィングが発生している。

ちなみに、これまでの数ある補選の歴史の中で、「二大政党選好率」ベースで最高のスウィングを記録したのは、1995年のキャンベラ選挙区補選で記録された16.1%であった。今回のウェントワースのスウィングはそれを上回るもの、すなわち記録的なものである。また1901年に連邦国家が誕生して以降、今回の補選まで、ウェントワース選挙区が一貫して自由党、もしくは自由党の前身の保守政党によって保持されてきたという(注:一時期保守党を離党した無所属が保持していたが)、自由党の屈指の地盤選挙区であったことに鑑(かんが)み、今回の結果は、なおさらのこと驚天動地のものであった。

確かに今週に入ると、フェルプスに対するモーメンタムの高まりが観察されたものの、他方で、ウェントワース選挙区のマージン/安全度の高さに鑑み(注:「マージン」とは前回選挙の結果に基づき、現職議員から何%の票が対抗する候補に流れた場合、すなわち「スウィング」した場合に議席が交代するかを示す数値)、最終的には自由党が逃げ切ると予想する向きも多かった。ところが補選の記録を更新する大スウィングが発生し、新人とは言え、自由党が前途洋々の実力候補を擁立したにもかかわらず、与党が歴史的な敗北を喫することとなったのである。

周知の通り、16年7月の前回連邦選挙から今次補選まで、与党保守連合は定数が150の連邦下院において、辛うじて過半数の76議席を擁するに過ぎなかった。今回の補選での与党の敗北によって、連邦下院は10年8月選挙後と同様に「ハング・パーラメント」の状況、要するに、どの政党も下院で過半数を制していない状況に陥ることとなる。

自由党の敗因/フェルプスの勝因

与党自由党を破り初当選を果たした無所属で新人のケリン・フェルプス氏
与党自由党を破り初当選を果たした無所属で新人のケリン・フェルプス氏

与党の敗因、一方、当選した無所属のフェルプスの勝因としては、主として以下の5点が挙げられよう。まず第1に、ウェントワース選挙区の有権者の一部が、失脚したターンブルにいたく同情していることが挙げられる。

ターンブルは地元の選挙区で高い人気を誇っていたが、自由党の右派を中心とする勢力は、地元の自分たちが連邦政界に送り出したターンブルを、しかも前回選挙で勝利を収め、また首相に就任して以降、それなりの実績を築いてきたターンブルを、明瞭な理由、あるいは納得のできる理由を提示することなしに、葬り去ったわけである。不当にも追い出されたターンブルへの憐憫(れんびん)の情が、今次補選において、ウェントワース地元有権者の自由党への抗議票となって顕(あらわ)れたものと考えられる。

第2の理由として、地元有権者の多くが、最近の自由党の情勢に強い憤(いきどお)りを抱いているとの事実である。そして何と言っても憤りの背景には、10年6月の労働党の「ラッド降ろしクーデター」によって、任期中途で現役の首相を挿(す)げ替えることの危険性、政治的なダメージの大きさが広く認識されたにもかかわらず、自由党は15年9月に「アボット降ろしクーデター」を発生させ、しかも今年の8月には、性懲りもなく「ターンブル降ろしクーデター」を実行したとの事情がある。

こういった自由党の稚拙な統治ぶりや、国益はもちろんのこと党益も無視した、国民不在の権力闘争に対する恒常的な怒りが、今回の補選でも大きな反与党スウィングを発生させたと言えよう。

ただ第3に、モリソン現保守政府への国民の批判や不満も忘れるべきではあるまい。8月24日にモリソンが新首相に就任してから、わずか2カ月ほどが経過したに過ぎないものの、その間にモリソンは極めて精力的に活動し、高パフォーマンスを発揮してきた。決断が速いことや、必要と考えれば変更することを躊躇(ちゅうちょ)しないモリソンの姿勢は、「プラグマティズム」を具(そな)えているとして、かなり評価されてきたのである。

ところが補欠選挙を間近に控えた時期になると、モリソンは首を傾げたくなるような決定、あるいは主張を繰り返している。その結果、何よりもモリソンの資質、具体的には、選挙のためには「形(なり)振り構わない」姿勢や、姑息(こそく)な点が浮き彫りにされてしまった。またモリソンの「プラグマティズム」なるものが、実のところ、単なる「ポピュリズム」に過ぎない点を示唆するものでもあった。国民の多くは、こういった資質についてはネガティブであり、これが補選ではモリソン自由党への反対となって顕れたものと思われる。

第4点としては、フェルプスへの個人的評価、人気が指摘できる。かつてフェルプスは、強力な圧力団体の全国医師会(AMA)で、初の女性会長を務めている。その後も医療活動を続け、しかも医療相談の医師としてテレビにも頻繁に出演するなど、知名度も高いし、また富裕な人物でもある。更に同性愛者のフェルプスは、極めて進歩的で、気候変動問題、ボート・ピープル問題、とりわけナウルの外地難民審査施設に抑留されている子どもたちの問題に重大な関心を寄せている。以上のようなフェルプスの人柄、特徴が、ターンブルがそうであったように、多くの有権者に地元の代表として積極的に受け入れられ、評価されたと言える。

最後に第5の要因として、フェルプスに対する野党労働党の強力な支援、協力が挙げられる。上述したように、ウェントワースは全国でも屈指の保守の地盤選挙区であり、これまで労働党が保持したことは一度もないし、また、大きな波乱が予想されていた今次補選においても、労働党が勝利すると予想する向きはほぼ皆無であった。労働党指導部もその点は重々承知しており、候補者の擁立は予定していたものの、当初期待していたのは、できるだけ大きな反与党スウィングを現出させ、モリソン保守連合の士気を砕くことにあった。ところが労働党は、知名度が高く、しかも労働党とはいたって「親和性」の高いフェルプスが出馬を決定するや否や、フェルプスを通じて自由党に一泡吹かせるとの戦術に転換している。そのために労働党指導部は、同党の選挙スタッフを派遣し、実際にフェルプスの選挙運動を手伝わせたほどである。労働党はフェルプスに、いわば党の「前衛」の役割を果たさせたのである。

今次補選の意味合いと影響

さて、ウェントワース補欠選挙の連邦政局への意味合い、影響としては、主として以下の3点が指摘できよう。

第1に、「ハング・パーラメント」となり、今後下院までが不安定化、混迷化するのは必至であることだ。与党保守連合議員が過半数を切ったことから、今後はフェルプスを含めて合計で6人存在する「クロス・ベンチャー」(注:与党議員席と野党議員席に挟まれた席に着席する議員)、すなわち下院「その他」議員の意向が、政府にとって極めて重要となる。ただモリソン保守連合政権が、下院の「その他」議員の複数より、政権存続の支援を受けることは間違いなく、従って政府不信任動議が議会に上程されて成立し、モリソン政府が急遽連邦選挙の実施を余儀なくされる、あるいは迫られるといった事態は考え難い。

だが留意すべきなのは、親与党の「その他」議員が保証するのは、政権維持のための2要件だけに過ぎず、政府が上程する一般法案については、「その他」議員も「ケース・バイ・ケース」で対応することになることだ。これまで保守政府は、執拗な「上院の抵抗」に遭遇し、その結果、上院「その他」議員との政府法案を巡る交渉に忙殺され、しばしば同議員たちに振り回されてきたわけだが、補選後「マイノリティー政権」に転落した現在、モリソン保守政府は、今後は下院でも法案交渉を迫られることとなる。

今次補選の第2の意味合いは、これで次期連邦選挙での野党労働党の勝利の確率がますます高まったことだ。もちろん、現時点で選挙帰趨(すう)の結論を出すのは、時期尚早(しょうそう)も甚だしいとは言える。選挙は常に「水物」であるし、おそらく次期連邦選挙までにはまだ7カ月はあろうし(注:今次補選の結果によって、モリソンの選挙遅延インセンティブも一層高まったと言えよう)、一方で、政治の変動周期はますます早まり、変動幅もますます広まっている。要するに、政治状況は急激かつ大きく変化するとの事情もある。

また野党リーダーのショーテンの評価が、一貫して相当に低いとの事情も指摘できよう。更に言えば、今次ウェントワース選挙は単なる一補選に過ぎず、しかも同選挙区は相当に「特殊な」選挙区であることから、補選の結果を一般化することは危険との指摘もあろう。しかしながら、以上の事柄を全て勘案した上でも、次期選挙での保守連合の勝利のシナリオを想像することは、やはり相当に困難と言える。

そのように考える最大の理由は、既に多くの有権者には、保守政府に抗議したいというレベルを超えて、政府を懲らしめたいとの感情が醸成されているように思えるからだ。

周知の通り、豪州で政権が交代するのは3つの要因、もしくはパターン、すなわち、①国民も長期政権にはさすがに飽きがきて、いわゆる「政権の替え時症候群」が発生する、②野党の政権担当能力の方が明らかに上に見える、そして③政府を懲らしめたいという、多数の国民の強い願望がある、といった3要因の内の、少なくとも1つが当てはまる場合とされる。

もちろん、この内の①も②も次期連邦選挙には当てはまらない。しかしながら、今回の補選の結果は単なる「抗議」よりも積極的なものであり、それどころか③の存在を強く感じさせるものである。しかも③の理由は、ターンブルへの同情やモリソンの姑息で小賢(こざか)しい決定といった、個人要因あるいは特殊要因を超えたもので、主として「国民の生活改善への真摯な努力を蔑(ないがし)ろにして、利己的な権力闘争に現(うつつ)を抜かしている」保守連合全体への、有権者の漠然とした怒りに由来するものと考えられる。換言すれば、ウェントワース補選の結果は、実は全国的傾向、全国共通の傾向とみなし得るもので、従って次期選挙の行方を占う上でも有効なものと考えられるのだ。

最後に第3の意味合い、影響として、保守連合党内求心力の一層の低下が挙げられる。仮に保守連合の敗北が濃厚という、次期選挙の帰趨予測が明瞭な根拠を欠くものとしても、少なくとも政治関係者を中心にして、「選挙の勝敗はほぼ決まった」とのパーセプションが醸成されつつあるのは否定できない。そして、このパーセプションから引き起こされるのは、言うまでもなく、これまで以上に保守連合の「箍(たが)が緩む」ことに他ならない。

それは、幾つかの現象として現出するものと予想される。まず何よりも、自由党穏健派と右派との抗争、もしくは旧ターンブル派と旧アボット派との抗争の継続である。一方、連立先の国民党が、「自由党の巻き添えを食った」として、自由党への態度を硬化させることも十分に予想される。その国民党が近い将来に、再度リーダーシップ問題に直面する可能性もあろう。ジョイスが不倫スキャンダルで失脚したことを受け、マコーマックが国民党党首兼副首相に就任したのは今年の2月に過ぎないものの、早くもマコーマックのパフォーマンスには疑問符が付いている。それに乗じて、早々と「禊(みそぎ)を済ました」と考えるジョイスが、党首への復帰を虎視眈々(こしたんたん)と狙っているからだ。

他にも、「箍の緩んだ」保守連合内で今後発生する可能性のある他の問題、現象としては、保守連合陣笠議員の統制が緩み、同議員たちがかなり自由な行動や発言、政府の方針に反する発言を行う可能性、それどころか、場合によっては与党議員が「クロス・ザ・フロア」(注:議場の反対側に行くこと、すなわち、対抗政党と共に自党の法案などに反対票を投ずること)を行う可能性すらある。モリソン政府は絶体絶命の試練に立たされている。

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