日豪サッカー新時代(QLD)第100回特別版「QLD蹴球鼎談・後編」

祝・連載100回記念 特別版

QLD蹴球鼎談(ていだん)・後編
文・植松久隆 Text: Taka Uematsu

左:卜部太郎氏(エイト・フットボール・マネジメント)、右:三上隣一氏(Go Zamurai)
左:卜部太郎氏(エイト・フットボール・マネジメント)、右:三上隣一氏(Go Zamurai)

「日豪サッカー新時代」連載100回記念のスペシャル企画として2018年12月号でお届けした、QLDフットボール界のさまざまなトピックを忌憚(きたん)なく語り合った鼎談。後編となる今回は、卜部太郎(エイト・フットボール・マネジメント)、三上隣一(Go Zamurai)両氏の共通の生業である選手のマネジメント業の話を中心に大いに盛り上がった。

長く活動できた選手にあったもの

植松久隆(以下、植松):昨季(2018年シーズン)終了後、本コラムでも取り上げ、QLD州のローカル・フットボールに腰を据えて挑んできた平山裕二(GCPL→既に帰国)、藤本安之(QPL→移籍先未定)といった選手に代表されるように、豪州でのキャリアを終えて次のステップに進むというケースが幾つか見られました。彼らのように、長く頑張れる選手というのは何が違うのでしょうか。

三上隣一(以下、三上):太郎さんの所(エイト・フットボール)に所属する選手は、継続性があるというか、1カ所で長くプレーするタイプの選手が多く、僕がマネジメントする選手は近年、特にチャンスを求めて移籍を希望する選手が多い傾向にあります。それは、もしかすると、太郎さんと僕のキャラクターの違いが反映されているのかもしれません。

卜部太郎(以下、卜部):選手が「試合に出られないから移籍したい」と言う場合には、まず、なぜ結果が出ないかの根本的な理由をチームも交えて話し合って、お互いの理解をクリアにする場を設けるようにしています。
 逆に言えば、「このチームでは結果が出ないから次に移りたい」という態度で、次なら結果は出るのかと……。ただサッカーをするだけでなく、違う自分を発見できるような新しい何かを見つけて、それを人生のステップ・アップにつなげられるような経験をすることも大事です。それぞれが、今置かれている状況で、チームのために何ができるかを考えるべきだと伝えています。

植松:その点で面白いのが、今年で5年の滞在を終えて日本に帰国した平山裕二のケース。彼はプレーするクラブこそ何度も変わりましたが、育成世代の指導に関しては5年間ブレずにリン(三上)さんが主宰するGo Zamuraiでやり遂げました。

卜部:彼はよく頑張りました。確かに三上さんのスクールには、選手が指導をできる場を提供するというすばらしいシステムがあります。

三上:ありがとうございます。選手にも、現役の間にいろいろと経験したくて「指導を手伝いたい」という選手もいれば、あくまでもパフォーマンスにこだわって「プレーで魅せたい」という選手もいます。
 プロとしてサッカーだけでお金が欲しいなら、レベルを落として他国に行けばチャンスは広がるかもしれません。それでも、安全面や英語圏でプレーするメリットや帰国後のイメージなどをトータルで考え、比較的、キャリアにつながりそうなオーストラリアに活路を見出す選手は増えています。
 だから、そういう状況を踏まえて選手に「日本でプロは厳しかったから、ここに来たんだよね」と念を押すことがあります。厳しいようですが、現実を直視できればこの国のすばらしい環境を素直に受け入れるメンタリティーを持つことができるでしょうから。
 そして、平山は本当にそれがポジティブに進んでいったケースですね。彼は大学時代に関東1部のプロ選手も多く輩出する名門に所属していましたが、トップ・チームでの出場機会は限られていました。卒業後、ここで頑張って評価されたことが素直にうれしかったのでしょうし、純粋にプレー機会を与えてもらえたことに感謝していました。

選手のマネジメント以外でも、サッカー関連のツアーや交流を通して日豪両国の子どもたちの人間力形成の機会を提供する活動も続けている(写真提供=エイト・フットボール・マネジメント)
選手のマネジメント以外でも、サッカー関連のツアーや交流を通して日豪両国の子どもたちの人間力形成の機会を提供する活動も続けている(写真提供=エイト・フットボール・マネジメント)

卜部:確かに、豪州には選手として多少スキルが劣っても人としてすばらしければ評価してもらえるカルチャーがあります。日本だと、選手の「能力」だけが評価の基準になってしまうことがありますから。(平山)裕二は、本当にクラブとの信頼関係やチームメイトとの関係性とか見ても、すばらしい成功例の1つでした。(伊藤)和也(オリンピック)や大森啓生(ストライカーズ)も、クラブで居場所を得るだけでなく、今はクラブが提携している学校にサッカーを教えに行ったりもしていますし、自分自身で更なる活躍の場を見つけられています。

豪州でセミプロとして活動する意味

植松:やっぱり、サッカーのプレーだけじゃこの国ではやっていけないですよね。彼らも、そのほとんどがワーキング・ホリデー制度という貴重な権利を行使して、さまざまな犠牲を払ってこの国に来るわけですし、何か他にも経験して欲しいですね。

卜部(前列中央)、三上(後列中央)両氏共に、現地日系サッカー人脈を駆使して、多文化社会の中での日系サッカーのプレゼンス向上にも努めてきた(筆者撮影)
卜部(前列中央)、三上(後列中央)両氏共に、現地日系サッカー人脈を駆使して、多文化社会の中での日系サッカーのプレゼンス向上にも努めてきた(筆者撮影)

卜部:その通りです。それこそ、ここ(豪州)に来る本当の意味だと思っているので、選手には「サッカーだけをしに来るな」と、はっきり言っています。それに加えて、むしろサッカーは入り口で、英語やその他のことにチャレンジするにはうってつけの環境なのだから、それを求めに来て欲しいと言うようにもしています。

三上:僕の世代、今の30歳前後、そして、更にその次の世代で、結構ジェネレーション・ギャップがある気はします。僕がブリスベンに来た時は、ここで(自分のキャリアが)成り立たなければ、もう後はないと追い込まれた状態でしたからやるしかなかったですし、やり遂げるまでは絶対ここを離れないぞ、という決意がありました。
 今の若い選手には、オーストラリアという「場所」にこだわった僕らと違い、チャンスがあれば別の国へ行くというフットワークの軽さがあります。そして、僕らよりも海外でサッカーをすることで得られるステータスを心得ているので、彼らが「評価」だとか「お金」にプライオリティーを置くことは理解できます。
 でも、限られた海外での時間を通して得られる人間関係や経験は、長い目で見てきっと財産になるはずなので、そういうところも大切にして欲しいと思います。

卜部:だからこそ、プレー以外にも何かを見つけることが重要です。いろいろな経験をできる機会とクラブの内外でも自分の居場所を得ることが必要で、それができている選手は長く頑張っていけます。

植松:やっぱり「プロ選手」というイメージが先行しているのでしょうか。「海外に行きさえすればプロ」みたいな風潮ってありませんか。

三上:若くて勢いのある選手であれば当然、オポチュニティー(機会)を欲します。でも、そういうチャンスをつかみたいなら、まずは求められる結果を出さないといけません。昨季の久保山(衆斗/レッドランズ)みたいに点を決めまくって初めて「結果」を出したと言えます。海外とはいえ「試合に出ている」というだけでは、ステップ・アップにつなげるための評価としてインパクトに欠けますから。
 少し語弊があるかもしれませんが、「サッカーだけしたい、プロになりたい、お金をもらいたい」という発想なら、正直この国は合いません。現地でのプレーを通して、プレーだけでなく人間的にも成長しようという意識を自身に根付かせることで結果的に選手としての可能性も広げていけると思います。

卜部:日本でプロ選手になれなくても、海外ならもう少し簡単になれるんじゃないかってイメージが結構、根強くあるのかもしれません。実際、他国ではそのようなケースは多くあります。情報もいろいろな所で回っていますし、エージェントも今は選べますから。

植松:本当に「自称プロ」が世の中、どれだけ多いことか……(苦笑)。しかも、本田圭佑のこの国での活躍で、豪州志望がぐんと増えるかもしれません。でも、お2人はそんな中で「豪州でセミプロとして活動する意味」を正しく発信していかなければなりません。

三上:選手たちには、事前に現地の状況をきちんと伝えて、理解してもらった上で話を進めていくアプローチが必要です。
 世界中のプロ・リーグのトライアルの斡旋(あっせん)業者は費用の説明を優先する傾向があるかもしれませんが、僕らにはこの国のサッカー事情や形態などをしっかり伝えた上で信頼関係をきちんと整えていくような対応が求められていると思います。

植松:聞いていると、何だかキャリア・コンサルタントのような感じがしますね。

卜部:そうですね。そもそも、自分をエージェントだとは思っていないし、どっちかというと、サッカーだけじゃなく人生のマネジメントの手伝いという感じでやっていますから。
 日本でプロになれなかった選手が、「サッカーの経験を使って海外に出てみる」という道もあるのだということを知ってもらって、そこから次の道を見つけてもらえればという思いですね。

植松:まだまだ話は尽きませんが、さすがにこれ以上は難しそうです。また、連載200回の時にでも必ずやりましょう(笑)。本日はありがとうございました。

 後半も変わらず熱く語り合った。まだまだ聞きたいことはあったが、それらは今後の連載で折に触れて伝えていくことにしよう。これで、「連載100回記念」のスペシャル企画は終わるが、読者諸兄とは、また来月から通常のフォーマットでお会いします。今年も引き続き、ご愛読を賜れば幸甚です。
 では、また来月。

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