【今さら聞けない経済学】MMT理論はケインズ理論の再来か?

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第56回:MMT理論はケインズ理論の再来か?

はじめに

今経済の分野で盛んにささやかれている「話題」は、果たしてMMT理論は、本物の経済理論かということです。事実、私が講義・講演を終了する際に「何か質問はありませんか」と尋ねると、決まって「MMT理論は現在の経済状態を救えるのですか」という質問を浴びせられます。このMMTが目下どん底状態に陥った世界経済や日本経済の救世主になれるかどうか、私には残念ながら分かりません。

かつて日本は、アメリカに次いで第2位というすばらしい地位を占めていました。これまで世界において最高の経済状態を保ってきた日本経済は、今やOECDと呼ばれる先進国の中でも「中ぐらいの経済状態」に過ぎません。このような経済状態から脱却するために何か方法はないのか、とすがるような気持ちを抱いている時に、このMMT理論が救世主のように現れ、その理論を推進する人びと、特にアメリカの何人かの経済学者が、この理論は日本の経済を救うと言い出したのです。どん底状態にある日本において、「溺れる者はわらをもつかむ」ということわざのように、人びとの間で、もしかしてこれが「日本経済を救ってくれるかも」という淡い期待も込めて論じられるようになりました。そこで今回、このMMTとは何か、について考えてみたいと思います。

MMTはケインズ理論の再来か

かつてイギリスにケインズという、一風変わった経済学者が現れました。なぜ「一風変わった」かというと、それまで延々と築き上げてきた経済の理論を真っ向から否定し、「自分本位」の理論を構築したからです。それは、1920年代後半から30年代にかけて世界を襲った大不況から経済を救うのは、人びとがどんどん物を買うことであると、これまでの理論を真っ向否定するような理論でした。もし、人びとが物を買うお金がなければ、政府がどんどんお金を作り出し、人びとに渡せば良い、つまり極端に言えば、政府はお金を刷ってヘリコプターからばら撒けば良いとまで言ったのです。これは「ヘリコプター理論」とも呼ばれ、ひと頃人びとの口に唱えられていました。事実、日本でも人びとの消費水準が落ち込み、経済がどん底状態に陥ったとき、時の政府は、一家に一律5,000円という商品券をばら撒き、これで各自が住んでいる場所で買い物をしなさい、絶対に貯め込んではいけませんという、極めて異質な財政政策をしたことがあります。

また、ケインズは、「井戸掘り理論」も考えました。「人びとが消費しないのは、仕事がないのでお金が手に入らないからだ。政府は、町のあちこちに井戸を掘り、これに従事した人びとにお金をあげれば人びとはそれで物を買い、消費は増大する」と言ったのです。ケインズ以前の経済理論は、「人びとは節約をしてそれを貯金しなさい。その貯金が貯まったらそれが『投資』となって経済の活性化に役立つ、つまり、節約こそ経済活性化の源である」と説いていました。ケインズは、このような考えこそ間違っていて、「消費は美徳」と、それまでの経済理論と全く別なことを言い出しました。こうしたことから、ケインズは異質とまで言われるようになったのです。

政府の仕事はせっせと「借金」をしてお金を作り出し、そのお金で、どーっと「公共事業」を作り出し、そこで失業している人びとを雇い、賃金を支払い、消費水準を上げなければならない、人びとの消費の増大こそが経済を活性化する源であるとケインズは説きました。これが有名な「有効需要の原理」の基本的な考えです。この有効需要の原理は、英語で「Theory of Effective Demand」と呼ばれ、この理論が20世紀最大の経済理論と言われ続けてきました。物を買う=「需要」こそが経済にとって有効なのだと説いたのです。経済学を学ぶことは、ケインズ理論を学ぶということ、ケインズ理論を学ぶことは、この有効需要の原理を学ぶことでした。

日本は、無尽蔵に国債を発行しているが大丈夫か

世界でも経済大国と言われた日本が、まさにこのケインズ理論を遂行しています。日本の現在の経済状態を支えているのは、「借金」です。この問題に焦点を当てながらMMT理論との関連性を考えてみましょう。このコラムで何度も述べてきたように、日本の政府は国の借金である「国債」を発行し続けてきました。日本の経済の力(GDP)は約550兆円で、国の借金残高は1,100兆円以上です。つまり、借金の大きさが経済力の200%以上にも達しているのです。このような状態がそう長く続くわけがなく、世界では盛んに、「日本は第2のギリシャだ」「日本沈没」とか、果ては「地平線に沈む日本」という言葉を浴びせられるようになりました。そんな時、お隣の国、韓国とも大きな軋轢(あつれき)が生じ、アジアにおける盟主という立場ももぎ取られました。そのため日本の時代は去ったと言われるのです。

それでも、日本は大丈夫だと言うのが、MMT理論なのです。MMTとは、「Modern Money Theory」の略語で、「現代貨幣理論」と和訳されています。このMMT理論をひと言で言うと、財政は「赤字」であるのが常であって、ことさら均衡状態に持っていく必要はないというものです。つまり、政府はその国にとって必要ならば、幾らでもどんどん赤字財政を拡大していっても良い、ということです。MMT理論によれば、政府によって積極的に資金を作り出し、それにより需要不足を補い、積極的に金融緩和をもたらし、資金を世の中にどーっと放出し、更に金利をできるだけ低く抑えて人びとが借りやすくし、経済内で資金の流通の増大を図ることで、政府は積極的な赤字財政政策の遂行を進めます。例えば、年金受給者などに資金を与え、生活の安定を図ることによって経済水準の低下を阻止することがMMT理論の主とした主張です。この理論をよく調べてみると、なんだか現在の日本の経済政策と同じだとも感じられます。

現在の日本は、国債の大量発行によって国債の発行残高は1,100兆円を優に超えているような状態であり、これによって国民の金融資産は表向きには増大し、金利も「マイナス金利」導入によって、市中には資金が大量に出回ることになり、まさにMMT理論が主張しているような状態にあります。このMMT理論を推進している経済学者の頭の中は、日本経済の現状を捉えているのです。従ってこれらの人びとは、日本よ、大丈夫だ、と言って、日本を応援してくれているようでもあります。現在、日本で遂行されている、アベノミクスの成長戦略の方程式は一般に次のように考えられています。

2%インフレ > 3%GDP成長 > 2019年消費税10% > 2020年にGDPを600兆円に > プライマリー・バランスの回復 > 成長戦略の推進

この方程式は、2012年12月に安倍首相が新しい内閣を作り上げ、13年の春に新しい黒田日銀総裁の下で組み立てられました。つまり、新しい財政政策・金融政策を構築したのです。しかし、この方程式の下では日本の経済は一向に回復する見込みがありません。インフレは1%以下ですし、GDPの成長率はやっと1.5%ぐらいになりました。しかし、約束したように消費税だけを8%から10%へと上げたのです。そこで当然、人びとの消費意欲は減退し、日本における需要水準は低下し、それがGDP増大の足を引っ張ると考えられます。そこで、日本の経済政策は、政府予算の約30%を国債発行によって賄う、という文字通りの「赤字財政」を実行しています。つまり、日本にいつジャパン・ショックが起きても不思議ではないような状態に陥っています。国債発行残高がGDPの2倍以上にも膨らんでいるためです。

そこで、アベノミクスでは経済の安定化を図るために、不思議な手を打ってきました。それは、「マイナス金利」の導入という政策です。これまで金融システムは、「人びとが銀行にお金を預ければ、ちゃんと『金利』をもらえますよ」ということで成り立っていました。金利を人びとに支払うことによって銀行は資金を集め、それを企業に貸し付ける、その資金が投資となって企業は生産活動を高める、その結果、経済水準は向上する、つまり、GDPは増大するというシナリオが、ごく普通の経済の筋書きでした。

しかし、日本の経済には、マイナス金利が導入されたのです。企業に資金を貸し付けることによって利益の追求を図ってきた日本の銀行はマイナス金利の導入で一気に利益率が減少し、銀行の中には、銀行業務を停止する、つまり銀行が潰れる、という悲しい出来事が発生するようになりました。日本の金融機関が不安定な状態になれば、日本の経済全体が不安定な状態に陥ります。そこで、財政・金融の2つの経済舵取り機関は成す術もなく、ただじーっと様子を見守っていたのです。そんな時、このMMT理論が出てきて、「日本は大丈夫だ」と言ってくれたからたまりません。

MMT理論はこれかも続くだろうか

さて、一見、日本経済にとって良いことずくめのように見えるMMTは果たして日本経済を救えるのかが大きな問題です。日本経済の専門家の中には、この理論に懐疑的な人びとが大半で、限りない赤字財政の増大は、決してその国にとってプラスにはならないと主張しています。赤字財政の増大に対して、その国民が最後には「始末」をつけなければなりません。それは誰が考えても当然のことです。借金は必ず返さなければ社会の道理が成り立ちません。そこで、一見うまく行きそうなMMT理論も現在の日本経済の救世主にはなれそうにありません。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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