新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるオーストラリア経済への影響

BUSINESS REVIEW

会計監査や税務だけでなくコンサルティングなどのプロフェッショナル・サービスを世界で提供する4大会計事務所の1つ、EYから気になるトピックをご紹介します。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるオーストラリア経済への影響

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は、旅行・観光業・飲食業をはじめ、広範囲に深刻な影響を与え始めております。事態が急速に展開している中、その経済的影響も同様に流動的であるため、分析を行うのは難しく、ふさわしい段階ではありません。このような状況では、事態の進展がどのように実体経済へ影響するかを考える必要があります。本稿では、新型コロナウイルス感染症によるオーストラリアの実体経済への影響を考察していきます。

供給と需要のダブルショック

現在の状況は、主に供給ショックと需要ショックという形で実体経済に影響を与えています。新型コロナウイルス感染症の拡大はまず供給網に打撃を与えました。すなわち、工場閉鎖、中間財および最終財の不足、人々が勤務できないなど労働力の低下、さらに配送・運輸ルートへの影響により企業のグローバルサプライチェーンが寸断されました。例えば自動車メーカーは部品不足により生産休止や遅延を余儀なくされています。グローバルサプライチェーンがどれほど複雑であるかの例として、新しいiPhoneは最終消費者に届くまでにまさに43カ国を経由しています。

次に需要の落ち込みである需要ショックが発生しました。レストランや商業施設の閉鎖、イベントの中止、さらに人との距離をとる「ソーシャルディスタンシング」や在宅勤務などが消費を縮小させています。一時的な必需品の買いだめによる消費が増加したものの、家計はいずれ支出を削減し、予備的貯蓄を増やすと思われます。EYのモデリングによると、家計貯蓄率が1ポイント上昇すると、貯蓄は30億豪ドル増加することになり、その結果民間消費が45億豪ドル減少します。また、消費者マインドの状況を示す消費者心理指数が2020年3月の後半で35%近く落ち、冷え込みました。マインドの低下は消費支出にとって悪い前兆となり、オーストラリア経済の6割を「個人消費」が占めているため、経済全体に大きな影響を及ぼすと予想されます。

株式市場は乱高下

この記事を執筆する直前の2月半ばから3月にかけて、グローバル経済の先行き不透明感や政府やオーストラリア準備銀行(RBA)が発表した措置に反応して株式市場は激しい値動きを見せ、2月20日から3月23日の間にASX200指数は1/3以上急落しました。投資家の不安感を示す「恐怖指数」として知られるVIX指数が金融危機時の過去最高値に迫る水準となりました。その後、変動の激しさは収まりましたが株価回復までの道のりはまだ長いと見られます。

RBAと政府の措置

RBAは、雇用と所得を支え、貸出市場の円滑な機能を維持する以下の5本の柱からなる措置をとりました。

  • 政策金利を過去最低の0.25%へ引き下げ
  • 3年物オーストラリア国債の利回り目標を0.25%とする量的緩和(QE)策の発表
  • 金融政策に関する方向性を前もってアナウンスするフォワードガイダンスの強化
  • 中小企業向け融資を促進する、期間3年の資金調達ファシリティーの発表
  • 為替決済残高に関して銀行の負担軽減措置を適用

一方、連邦政府は3つの景気刺激策を矢継ぎ早に打ち出しました。その中で最も大きいのが企業への給与支払い補助を柱とする$1300億豪ドル規模のJobKeeper助成金パッケージでした。このパッケージを含む政府の経済対策とRBAの資金供給も合わせると、GDPの16.4%にあたる$3200億豪ドルとなります。

実体経済への影響

RBAと政府による上記の措置は、新型コロナウイルス感染症拡大による経済への影響を緩和することは可能かもしれないですが、景気の急激な悪化を防ぐことは難しいでしょう。そのため、オーストラリアが過去29年間で初のリセッション(2四半期連続でマイナス成長)を記録することは、ほぼ確実です。もっともオーストラリアでは、銀行システムにおける自己資本が充実しており流動性も高く、同時にRBAのバランスシートが非常に健全です。そしてまた、金融危機からも多くのことを学んでいます。それでもなお、与信の伸びや金融システムの効率的な機能を維持することが重要となります。

現在の環境では、利下げによる消費喚起の効果はあまり期待できませんが、特に家計や中小企業のキャッシュフローを改善する効果はあります。例えば、住宅ローンの負担を減らす可能性があります。また、一部の世帯では、今回の補助金の一部または全部を支出に回す可能性がありますが、失業不安の急激な高まりが見られることから多くの世帯は予備的貯蓄を増やすでしょう。たとえば家計貯蓄率は、金融危機後のピーク時、可処分所得の11%に迫る勢いでした。これに比べて、2019年末時点では3.6%です。貯蓄率の上昇は、現在の経済活動を加速させはしませんが、家計の収支状況の改善を支えることになり、これが将来の支出に寄与するでしょう。

また利下げにより、通貨が自動安定化装置として機能するようになります。豪ドルは過去10年間で最安の水準にあり、サプライチェーンや様々な一時的な混乱はあるものの 豪ドルが下がると輸出産業の追い風となります。最大の輸出先である中国が景気刺激策を実施すれば、オーストラリアはその恩恵を受けることもできます。

もうひとつプラスなのは健全なオーストラリアの財政です。まだまだ借入によって景気を支えることができる状態にあります。OECDのデータによると、オーストラリアの政府債務残高は他の主要国に比べて低水準に留まっており、新型コロナウイルス感染症拡大直前のGDP比率は、米国107%、英国113%に対して、オーストラリアは42.5%でした。AAA格付をもつ国は11カ国のみであり、オーストラリアはその一つです。

景気回復への道のり

回復がどのようになるかを考える上で重要な論点の一つは、失われた活動のうちどの程度が永久的な損失で、どの程度が一時的な損失かという点です。永久的に失われた部分が多ければ、経済が平常に戻って成長が加速し、回復が実現するまでより長い時間がかかります。逆に、失われた活動の大部分が一時的なものにすぎなければ、「急反発」によって回復は速やかに進みます。これは、例えば、年に一度のスポーツ大会が中止されるか、一時的に延期されるかの違いと同じです。

残念ながら現況を見る限り、経済は一時的に混乱した後で3~6ヵ月以内に回復するという見込みはありません。ただ、大恐慌後に見られたような「失われた10年」が生じることもないと思われます。 V字型ではなく、経済の 「冬眠」状態から1~3年かけてゆっくりと戻るU字型の回復。 感染拡大がいつ収束するか、また収束後の景気回復をどのように支えるかによって変わってはきますが、これが最もありえるシナリオではないかと思われます。


EYジャパン・ビジネス・サービス・ディレクター 篠崎純也
オーストラリア勅許会計士。2002年EYシドニー事務所入所。日系企業や現地の企業の豊富な監査・税務経験を経て、現在NSW州ジャパン・ビジネス・サービス代表として日系企業へのサービスを全般的にサポート。さまざまなチームと連携しサービスを提供すると共に、セミナーや広報活動なども幅広く行っている
Tel: (02)9248-5739
Email: junya.shinozaki@au.ey.com

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