「Bar & Grill Yebisu」料理人インタビュー 進化し続ける日本食レストラン

日豪プレスメディア体験プログラム2020

「Bar & Grill Yebisu」料理人インタビュー
進化し続ける日本食レストラン

近年の日本食ブームに伴い、オーストラリアでも日本食レストランが急増している。平成25年12月、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは今でも記憶に新しい。シドニー・チャイナタウンにある「Bar & Grill Yebisu」のエグゼクティブ・シェフの名古路尊昭氏と、すし・刺し身マスターの上田恭司氏は、日本食がそれほど一般的ではなかった時代からオーストラリアにおいて日本食を作り続けている料理人だ。伝統を守りながらも現地の味覚に合わせた料理を提供する、2人のプロフェッショナルに話を伺った。
(取材・文=石塚茉奈、石田しほ、世羅俐恵)

来豪当時の様子

――お2人はいつオーストラリアに来られたのですか。

インタビューに応じるエグゼクティブ・シェフの名古路氏(右)とすし・刺し身マスターの上田氏(左)
インタビューに応じるエグゼクティブ・シェフの名古路氏(右)とすし・刺し身マスターの上田氏(左)

名古路:確か1994年で、32歳の時でした。18歳から31歳までは日本の店で和食を作っていました。オーストラリアで最初に働いたのは、日本の企業が買収したビル内のレストランです。そこはテナントの日本人従業員で常に満席だったので、ちゃんとしたものを提供しなければという緊張感が大きかったのを覚えています。

上田:私は91年で、26歳の時でした。日本では、すし職人として修業していました。趣味でやっているスキューバ・ダイビングの知り合いから「すし職人を探してるのだけど、1年くらいダイビングしながらすしを作らない?」と声を掛けてもらったのがきっかけで、ポート・ダグラスに来たのが始まりです。

――長くこちらにいらっしゃるんですね。その当時、シドニーで日本食は有名だったのですか。

上田:シドニーでは有名でしたが、ポート・ダグラスには日本食レストランは1軒もなくて、私が働いていた所が最初にできた店でしたね。だから、すし自体を理解している人も街の中では少なかったです。

――今では「SUSHI」と書いてある看板をよく見かけますが、当時と比べて知名度は上がっているように感じますか。

上田:そうですね。でも、すしと言ったら、日本では握りを想像する人が多いじゃないですか。オーストラリアの人たちは、巻きずしを連想する人がほとんどなんですよ。マヨネーズやアボカドを使って、カラフルにアレンジされたスタイルのすしですね。そしてそっちの方が、日本の伝統的なすしよりも正直売れるんです。

――当初は日本人向けに作っていたメニューを、今は現地の方向けに作られているということですね。それはいつ頃切り替えたのですか。

名古路:ぼくらが来た頃はオーストラリアに日本の企業がたくさんありましたけど、90年代後半に日本の景気が傾いてそれらが一斉に撤退してしまい、それ以降はアメリカや香港の企業が台頭してきました。それで、ターゲットが変わると同時にメニューも変えないとビジネスとして成り立たなくなったんです。その頃から現地の人たちが喜ぶものを作るようになりましたね。

守り続ける日本の味

――貴店で人気のメニューは何ですか。

名古路:すし、刺し身、天ぷらや照り焼きなど、海外でも有名なメニューがやはり人気ですね。あとはたこ焼き、唐揚げ、枝豆など。日本人になじみのある料理はよく出ます。現地の人は基本的に濃くて甘い味付けが好きですね。それとサーモンはしっかりした味なのでよく好まれています。

大阪生まれのすし、バッテラを提供している
大阪生まれのすし、バッテラを提供している

上田:逆に青魚は魚臭いので敬遠する人が多く、売れません。でも、うちのメニューにはバッテラなども入っています。というのは、日本の伝統的なすしを知ってもらい、食べてみてほしいという思いがあるからです。それに加えて、日本食をよく知る方に「バッテラあるんだ!」と思っていただけますからね。光りものを注文されるのは大半が日本人ですが、オーストラリア人が注文されることもあります。光りものに限らず、オーストラリアではあまり見ない「日本で提供されている日本食」を食べたがる人が増えている気がします。「日本で食べたこの料理がメニューにあってうれしい」という声をいただいたこともあります。

――日本食への関心が高まっているということでしょうか。

名古路:高まっていると思います。僕らより詳しいお客さんもいますからね。舌が肥えてきていますね。

上田:ただ残念なのが、オーストラリアで出される日本食は少しずつ方向性が変わってきている気がするんです。日本人ではない人がシェフやスタッフとして働いている日本食レストランが増えています。

名古路:中国人、韓国人がオーナーの日本食レストランは、オープンしてから半年は日本人を雇うんですよ。でも経営が軌道に乗ると日本人が辞めてしまい、スタッフが中国人と韓国人だけになるとやはり味が変わってしまうらしいです。無意識のうちに自分たちの口に合うものを作ってしまうから。

――貴店の接客担当、シェフは全員日本人と伺いました。

提灯を用いて和風に装飾された店内
提灯を用いて和風に装飾された店内

名古路:このお店の強みですよね。私自身もちゃんとした日本食を提供しなければという意識は常に持っています。

上田:うちみたいな純粋に日本人だけの日本食レストランは減っていく一方だと思いますよ。それは、日本人が永住権を取って、オーストラリアに腰を据えることが難しいからじゃないでしょうか。仮に日本食レストランをオープンしても、中心として働く日本人は1、2人で、あとは現地の人を雇わないとビジネスとして成り立たないようです。

変わらないもの、変えてゆくもの

――日本の料理だと伝統もあるので、昔ながらのものは変えないことが多いのでしょうか。

名古路:変わらないものもあるし、進化しているものもあるし、両方ありますね。変わっちゃいけないものはあるわけです。

――日本人として伝統的な日本料理に誇りを持ちつつ、世界に広めるために順応してくということですね。進化という点で、これから新しいことをやろうという野望などはありますか。

名古路:新しいことというよりもむしろ、あまり肩肘張らない感じかな。テレビを見たりどこかに食べに行ったりした時に、新しい情報がばんばん入ってくるから、あ、こういうアイデアでやってみたいなとか。日本のテレビは料理番組やグルメ番組ばかりでしょう? 見ているだけで、こんなのやったら面白そうだなって。あと、オーストラリアのレストランやカフェに行っても、あ、こういった食材の組み合わせや、こういう味付けの仕方をするんだとか。僕らにはない発想をオーストラリアのシェフは持っているから、そういうところから興味が湧いたりしますよ。

――多文化社会のオーストラリアでは、さまざまな国の料理が食べられるので、刺激を多く受けそうですね。日本のテレビ番組を見られるということですが、日本にはよく帰られるのですか。

名古路:僕は年に1回、2~3週間は必ず戻っています。その時は食べ歩いてばかりですね。というより、できる限り食べ歩くようにしています。

――その中で進化しているものを取り入れたりするのですか。

確かな技術を持った職人が下準備から携わる
確かな技術を持った職人が下準備から携わる
すしと刺し身の盛り合わせは店の定番メニューの1つ
すしと刺し身の盛り合わせは店の定番メニューの1つ

名古路:必要だと思ったものや、興味が湧いたりしたものがあれば、試してみたりしますね。みそとチーズを組み合わせてみたりとか。昔の日本食はドレッシングや油はあまり使わなかったけれど、そういうものを増やしてみたりとか。バルサミコ酢とかもそうですね。

――バルサミコ酢は日本で人気になりましたね。そういったものはこちらでも人気が出やすいですか。

名古路:そのレストランにもよるかな。うちの店みたいなところだと使いやすいかもしれない。若い人が客層に多いから、盛り付けがきれいな料理とか、出てきたときにわっ! となる料理だと人気が出たりするんですよね。

――そうなんですね。定期的に日本に帰って、刺激を受け、戻ってきて、日本の味からぶれることなく改良もできてというサイクルが、お店を良い方向に向かわせている印象を受けます。

名古路:それはありますね。この店のマネジメントを任されている人も、年に2、3回は日本に帰っています。

上田:帰るたびに写真がたくさん送られてきますもんね(笑)。こんなの食べたけど、どう? とかね。

――日本の料理人は古風で頑固というイメージがあったのですが、あらゆることを柔軟に取り入れていらっしゃるなという印象を受けました。

名古路・上田:いや、私たちも頑固ですよ!

一同:(笑)

名古路:ここに住んでいると、自然に頭が柔らかくなっていくというか、日々社会が進化しているから頭が柔らかくないとね。僕たちの子どもも大学生だから、そういう子たちからも刺激を受けたりしますね。お父さん頭固いとか、最初から拒否しちゃダメとかさ(笑)。あとは、ほぼ修業していない人が作ったものを食べた時、僕たちが修業した時はタブーとしていたことも平気でしてくるから、その食材の使い方にも刺激を受けますね。全部拒否しちゃうと何も入ってこなくなるけれど、頭を柔らかくして考えると、こういう使い方をするんだなって学べるんです。

――日々進化しているのですね。

名古路:うん。おいしいのが一番だもんね。

――その通りですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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