【新年恒例特集】回顧と展望2020 / 豪州経済、為替、会計・税務

回顧と展望2020

豪州経済

時事通信
シドニー支局 支局長兼記者

田中健吾

プロフィル◎1994年上智大卒、時事通信社入社。金沢支局、ブリュッセル支局、ニューヨーク総局などを経て2017年9月から現職

世界最長の景気拡大に「黄色信号」

2019年のオーストラリア経済は10年ぶりの低い成長率を記録した。頼みの綱の個人消費は所得の伸び悩みなどを受けて低迷し、豪中銀が政策金利を過去最低の水準に引き下げるなど景気の下支えに躍起となった。世界最長記録を更新する豪州の景気拡大に「黄色信号」がともった。約3年ぶりに行われた総選挙や利下げなどに触れながら、19年を振り返ってみたい。

5月18日に投開票が行われた総選挙は、モリソン首相率いる与党勢力の保守連合が当初の劣勢を跳ね返して、逆転で勝利を収めた。開票当日の夜、首相が「我々は新たな奇跡をもたらした」と雄弁に語ったのが印象的だった。

モリソン首相は景気対策を中心に十分に練り上げた選挙戦略が光った。通常は5月に発表する次年度の予算案を4月に前倒しして、19年度(19年7月~20年6月)に12年ぶりに財政収支が黒字化するとの見通しを公表。財政健全化を還元するために中・低所得者向けの所得減税を盛り込み、インフラ整備事業として10年間に1,000億豪ドルを投じる計画も入れた。

米中貿易戦争などで不透明感が強まる景気の先行きも勝利を後押しした。約6年ぶりの政権復帰に意欲を燃やした最大野党・労働党が、教育や医療などの看板政策で野心的な公約を掲げたが、財源は不動産投資家や年金生活者向けの税制優遇制度の廃止や縮小が中心だった。モリソン氏は労働党政権が誕生すれば「大きな支出、大きな税金、大きなリスク」と訴えた。こうした戦術がはまり政権継続が決まった。

減税効果は限定的

失速する景気に豪中銀は金融緩和で対応した。総選挙から1カ月経たない6月4日の定例理事会で、政策金利に相当する「キャッシュ・レート」を0.25%引き下げ、1.25%にすると決めた。約3年ぶりとなった利下げを、ロウ総裁は「失業率低下の加速を支援し、物価目標に向けた確実性が増すだろう」と説明した。

豪中銀は2~3%の物価目標と完全雇用の実現を目指して、金融政策を運営している。当時は基調的なインフレ率は2%を下回る水準が続き、2月に4.9%だった失業率も4月には5.2%まで上昇していた。

景気が冴えない背景には、住宅市場の不振や個人消費の低迷があった。不動産住宅サービスのコアロジックPRデータによれば、全国平均の住宅価格は17年10月にピークを打ってから下落した。下落に転じる前は、豪州の住宅市場は中国を中心に海外投資家も参戦して大きく値上がりしていた。個人消費も小売売上高が19年に入ると、前月比で1%に満たない増加や減少を繰り返した。豪中銀は7月と10月にも追加で利下げを実施し、政策金利は0.75%まで低下した。

利下げで住宅ローン金利は下がり、住宅価格は8月に1年10カ月ぶりに上昇に転じた。しかし、預金金利が下がったことで預金者にしわ寄せが及んだ。政府の減税もローン返済などに充てられ、目立った消費喚起にはつながらず、新車販売は1年半以上もマイナスが続く。国内総生産(GDP)成長率が4~6月期に前年同期比1.4%まで低下しており、大きく上向く気配はない。

自然災害にも目配りを

20年は、豪中銀が一段の緩和策を講じるかが焦点となる。政策金利はゼロに近づき利下げの余地が限られるため、日米欧の先進国が経験済みの量的緩和など非伝統的な金融政策に踏み切るとの見方が浮上。米JPモルガンのアナリストは、0.25%まで利下げが行われ、最大500億豪ドルの国債を買い入れる量的緩和が実施されると見ている。

豪中関係の行方も注目される。豪州は次世代通信規格「5G」で中国の通信機器大手ファーウェイなどの参入を禁止。反発する中国との関係が冷え込んでいる。中国が豪州産石炭の輸入を制限する事態も発生した。双方が歩み寄れるのかがカギとなりそうだ。

11~12月には豪州東部を中心に大規模森林火災が発生し、国を代表する動物のコアラも多数が犠牲となった。東部では長期化する干ばつにより農作物などに被害が及んでいる。自然災害が景気に影響を与えるのか観察する必要もありそうだ。

為替

三菱UFJ銀行
オセアニア総支配人

中城英喜

1991年4月東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。欧州企画部(ロンドン)、国際法人部、米州企画部(ニューヨーク)などを経て、シカゴ支店長、ロサンゼルス支店長を歴任、2019年6月より現職。慶応義塾大学、ロンドンビジネススクール卒業。

豪ドル下落余地残るも底入れを探る局面へ

(Data出所:Bloombergより作成)
(Data出所:Bloombergより作成)
(Data出所:Bloombergより作成)
(Data出所:Bloombergより作成)

2019年、0.70台でスタートした豪ドル為替相場は前年に続き、ほぼ一本調子での下落となった。9月には一時0.66台まで下落、その後0.69台まで戻す場面もあったが年間を通して軟調に推移した。対円相場でも4月に80円台に戻す場面も見られたが年後半にかけて71~76円台でのレンジで推移した。米中貿易摩擦は長期化する様相を強め、英国のEU離脱情勢も依然として不透明感が強い。世界的な景気減速が見込まれる中、多くの中央銀行が金融緩和姿勢を打ち出した。

豪州経済は、鉄鉱石、石炭を中心とした天然資源の輸出拡大を背景に、GDPは28年連続でプラス成長を維持した。ただし、民間消費の伸び悩みや住宅価格の低迷から、足元、成長が鈍化している。失業率は歴史的に見て低い水準ながらも5%台半ばで横ばいが続き、賃金上昇率の伸び悩みから、消費者物価指数は豪州準備銀行(RBA)のインフレ目標レンジ(+2~3%)を下回る状況が続いている。

経済が高い不確実性、ダウンサイド・リスクを抱える中、5月に行われた総選挙では連立与党が直前の予想を覆す勝利を収めた。「奇跡的」と報じられた総選挙での与党勝利、7月には公約の1つであった所得税減税法案を可決し、国内の悲観的な景気の先行き見通しには一部改善の兆しも見え始めた。RBAも金融政策面で、6月、7月、10月と年3回にわたり政策金利の引下げを実施。更には、豪州健全性規制庁(APRA)が銀行の住宅ローン審査基準を緩和するなど、目下、議会・中銀・規制当局が足並みを揃えて国内経済の活性化に全力で取り組んでいる。

さて、2020年の豪ドル相場だが、下げ余地を残すものの、いよいよ底入れを探る局面になり、年後半にかけては緩やかに上昇していくものと考えている。

為替変動の主要因とされる「金利差」の観点から言えば、米国、豪州ともにしばらく緩和的な金融政策を継続すると見ているが、豪州は金利引き下げ余地が限られてきていることから、仮に追加利下げがあっても豪ドル相場への影響は限定的となるだろう。一方、近年の資源輸出増加で貿易(経常)収支が黒字化しており、米国との金利差が拡大しづらい環境にあっては、豪ドル買い要因として無視できない存在になりつつあると考える。

対外リスクとしては、引き続き、輸出入ともに依存度の高い中国の景気動向が挙げられる。また、11月には米国大統領選挙が控えている。再選に向けたトランプ大統領の言動に、市場がこれまで以上に敏感な反応を示すこともあるだろう。

豪州国内では、財政・金融政策の効果が徐々に表れ、景気拡大をサポートすると見るが、住宅市場動向が波乱材料となる可能性がある。再び住宅価格が下落に転じることがあれば内需の停滞につながるリスクがある。また、干ばつや、NSWで発生した森林火災等の自然災害による経済への影響も無視できない。

最も、豊富な天然資源を有し内需拡大を続けている豪州経済の底堅さに変わりはない。今年は力強い豪州経済の復活に期待したい。

会計・税務

EYオーストラリア
パートナー/ジャパン・ビジネス・サービス
グローバル/アジア太平洋地域 統括責任者

菊井隆正

プロフィル◎グローバル及びアジア・パシフィック地域日系企業担当部門代表。シドニー在住20年を超える。常に監査、会計、税務から投資まで広範囲にわたる最新情報を提供することで、世界で活躍する日系企業に貢献できるよう努めている。

社会的責任へのフォーカスが各業界に波及

下落を続けていたシドニー・メルボルンの住宅価格がほぼ2年ぶりに上昇し、2019年半ばに付けた底からシドニーは5.3%、メルボルンは6%回復した(2019年11月時点)。その背景には6月の連邦選挙で不動産投資を慎重にさせる政策を掲げていた労働党の敗退や豪準備銀行による3度の金利引き下げなどがあるようだ。

一方、住宅ローン提供時に顧客の都合より自社の利益を優先させた不適切また非倫理的な行為について、不動産業界を支える4大銀行などを調査した王立委員会の最終報告書が2月に公表された。

金融業界における王立委員会の調査は企業の社会的責任がハイライトされたが、EYが毎年鉱業界の企業に対して行っている調査でも半数以上がリスクの第1位としてソーシャル・ライセンスを挙げ、資源業界でもコミュニティーへの積極的な貢献に対する認識が強まっていることが分かった。

また、企業の社会的責任は取引先にも及ぶようになった。既にイギリスで導入されている現代奴隷法がオーストラリアでも19年1月2日以降に開始する会計年度から適用された。この法律により企業に対して自社のサプライ・チェーンにおける労働環境などの課題に対する取り組みについて報告が求められるようになった。

一方、税務に目を向けると昨年の連邦予算案で発表された主な税政策は個人所得税の減税だった。企業に対しては石油資源税(PRRT)や不動産などの受動的投資で利用されることのあるManaged Investment Trust (MIT)に関する規定の引き締め、また過少資本税制における評価方法の変更が昨年から適用となり、オーストラリアへ投資する多国籍企業に影響を与える可能性がある。

更にATOが約2年前から開始した上位1,000社を対象とする税務調査(Streamline Assurance Review)は継続して行われており、昨年の3月にこれまでの調査結果を発表した。ATOは、企業が適切な税務リスク管理と納税を行うために「税務コーポレートガバナンス体制」を確立し、維持、運営していることが重要としているが、70%の企業が税務ガバナンスのフレームワークが有効的に運用されていることを裏付けるエビデンスが不十分であるという結果だった。

ATOのもう1つのフォーカスは給与報告のデジタル化となる。過年度から導入されたシングル・タッチ・ペイロールは19年7月1日から全ての企業が対象となり、従業員に給与等を支払うたびに給与情報、源泉徴収額そしてスーパーアニュエーションの情報をATOにオンラインで報告する義務が発生している。日系企業に勤務する駐在員の日本で支給される給与も対象となり、グロスアップ計算のためのタイムリーな給与情報の入手が必要となった。更にATOが入手する給与情報は移民局にも送られることによってビザと給料の関連が可視化され、雇用主は給与実務の整備および給与データの完全性を徹底することが不可欠となった。

企業の投資意欲はどうか。EYが10年前に企業幹部にM&Aに対する投資意欲の調査を開始した頃は、景気が上向きの時は投資意欲が高く、景気が減速している時は慎重な姿勢を見せていた。ところが景況感との関係は徐々に弱くなりつつあり、規制当局による向かい風や経済の先行き不透明感が深まる中、19年4月に行った調査結果では54%のオーストラリア・NZの企業幹部は今後12カ月以内にM&A投資を予定していると回答し、この割合は過去9年間で最も高い。さまざまなリスク要因や世界景気の変調の中でディスラプションに対抗するための手段として、M&Aを攻めと守りの両方の戦略として位置付けているのが見える。

また、19年後半から日本企業による大型買収の発表が目立った。アサヒグループホールディングスがビール最大手、カールトン&ユナイテッド・ブリュワリーを、日本製紙が製紙大手のオローラ社から主に段ボールを生産する事業を買収するという発表があった。加えて日本ペイントHDは豪塗料メーカー、デュラックス・グループの買収を完了した。一方、インフラにおいては日本の有力企業が西シドニー・エアロトロポリス開発に関する覚書を締結し、優れた技術や資金を持った日本企業がインフラ事業に参画する機会がこれから増えそうだ。

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