政局展望「新型コロナウイルス感染問題と経済政策」

新型コロナウイルス感染問題と経済政策

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

年明けより注目され始めた新型コロナウイルスは、あっという間にパンデミック(注:世界的規模の感染)にまで発展し、約3カ月が経過した現時点でも、「出口」が見えないような深刻な状況にある。危機的状況の中、世界各国は、国境封鎖や外出禁止令といった、前代未聞とも言える感染対策を採っているが、こういった保健・医療対策と並行して各国は、同問題の経済的インパクトをできるだけ限定化すべく、積極的な景気刺激策を策定、公表している。今回は、豪州のこれまでの感染対応金融政策、財政政策を簡単に見てみよう。

中央銀行の金融政策

3月3日、中央銀行の豪州準備銀行(RBA)が、予想通り政策金利(目標金利/キャッシュ・レート)を0.25パーセント(%)引き下げるとの決定を公表している。ロウ総裁率いるRBAは、昨年の6月及び7月に連続して、更に10月にも目標金利を0.25%ずつ引き下げていることから、同利下げで目標金利の水準は、歴史的な最低水準記録を更新してわずか0.5%となった。なお、昨年の6月に利下げが実施されるまでの目標金利は1.5%であったが、同水準は2016年の8月以降、3年近くにわたって据え置かれてきたものである。

さて、昨年5月の連邦選挙から10カ月ほどの間に、計4回にわたる目標金利の利下げが連続して断行されたわけだが、昨年10月の利下げに際してRBAは、国際環境の不安定、不透明要因、具体的には、英国のEU離脱問題、米中貿易戦争、あるいは中東情勢の緊張などの影響に加えて、穏当な豪州のGDPや、RBAの目標ゾーンを下回るCPIなどへの懸念を指摘しつつ、予防的な景気刺激の必要性を強調していた。ただ、昨年の3回に及ぶ利下げについては、「身内」からも批判の声が上がっていた。

すなわち、マクファーレン元RBA総裁などを代表格に、既に超低金利下にある現状では、追加利下げによる景気刺激効果は高が知れているし、それどころか、利下げとは何よりも景気が悪化しつつあることの「認知/宣言」に他ならず、逆にビジネス/消費者コンフィデンスを毀損(きそん)するゆえに、ネットでは国内経済にはマイナスとの声も上がっていた。ただ、その後に発生した2つの重大「イベント」により、3月の利下げに関しては、マーケットもむしろ当然視していたと言える。

「イベント」とは、昨年10月以降に本格化した山火事大災害の国内経済へのインパクト、そして年明け早々から一挙にグローバル化かつ深刻な問題となり、未だに納まる気配もない新型コロナウイルスの世界的感染問題である。とりわけ感染問題が、豪州にも甚大な経済上のインパクトをもたらすのは間違いなく、このままでは今年3月の四半期及び6月四半期の豪州GDPがマイナス成長を記録して、90年代の初頭以降から実に30年近くにもわたって続く、GDPの成長にも遂に終止符が打たれ、豪州も一時的な不況/景気後退(Recession)に陥ると見る向きもあった(注:連続して2四半期がマイナス成長となることが一時的不況/景気後退の定義)。ところが、その後新型コロナウイルス感染問題は、大方の予想を大きく上回る勢いで拡大、悪化し、3月19日にはRBAが、政策金利を更に0.25%引き下げ、これで政策金利の水準は記録を更新して0.25%の低水準となった。

周知の通り、政策金利を決定するRBA理事会は、1月を除く毎月の第1火曜日に開かれる。19日の決定は、次回の4月の理事会を待たずに決定、公表されたわけで、RBAが新型コロナウイルスによる経済のダメージに、いかに強い危機意識を抱いているかを示すものと言えよう。なお、RBAのロウ総裁は、少なくとも数年という相当長期にわたって、RBAの利上げはないことを強く示唆している。

ところで19日のRBAの決定は、別の点でも異例なものであった。実は既に3日の利下げの時点で、金利を通じた景気刺激策の効果にはますます限界があるとして、結局、RBAにとって残る景気刺激策は量的金融緩和策だけとなろう、との見方が出ていた。案の定、19日にRBAは、政策金利の利下げに加えて、市場の資金供給量を増加させるための国債の購入といった、量的金融規制緩和政策を初めて採用することも、併せて公表している。

財政出動策「第1波」「第2波」

3月22日、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、飲食店や映画館などの不要不急のサービスを禁止すると発表したスコット・モリソン首相(Photo: AFP)
3月22日、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、飲食店や映画館などの不要不急のサービスを禁止すると発表したスコット・モリソン首相(Photo: AFP)

モリソン連邦保守連合政府の動きだが、モリソンは3月13日に、保健・医療問題の専門家も加わった、連邦・州首相会議(COAG)(注:全国的な取組みが必要とされる諸問題に対処するための首脳会議。出席者は連邦、各州等政府の長、そして地方政府の代表。連邦制度下での一応の「最高議決機関」と言える)を開催している。同COAGでは、今後新型コロナウイルスへの効率的な全国対応を実現するため、連邦や各州等のリーダーから構成される、「国家非常時内閣」(National Cabinet)を創設することで合意し、その後感染問題対策は、この「内閣」を中心にして議論、策定されている。

一方、モリソンはその前日の12日に、連邦政府の経済対応策、すなわち、新型コロナウイルス感染問題に起因する経済ダメージをできるだけ回避、限定化するため、事業体と家計/世帯を対象とする、向こう5カ年度で総額176億豪ドルの財政出動策「第1波」を公表している。その主要骨子は、①中小事業体の保護を目的とする67億豪ドルのビジネス支援策、②職業訓練生の雇用継続を目的とする13億豪ドルの賃金援助策(注:全国で12万人の職業訓練生への賃金を50%支援。支援期間は今年の1月1日から9月30日まで)、③事業体の資産形成促進に7億豪ドル(注:対象事業体の規模を年間売上げ5,000万豪ドルから5億ドルの事業体に、また資産の「敷居」を3万豪ドルから15万豪ドルにまでアップ)、④事業体の投資奨励のための加速度償却制度の拡充に32億豪ドル(注:対象は年間売上げが5億豪ドル未満の事業体。加速度償却策はアボット2015年予算案の中に初めて盛り込まれたもの)、⑤社会保障/福祉制度依存者/福祉手当て受給者に対する、750豪ドルの一時現金給付策として48億豪ドル(注:給付金は非課税)、そして⑥地方産業への支援策として10億豪ドル(注:主として観光、農業、教育産業を対象)、などとなっている。

同景気刺激策の最大の目的は、実に91年以降続く豪州経済の成長を何とか当面維持すること、より具体的には、今年6月四半期のGDPをプラスにすることにあった。既に刺激策公表の時点で、今年の3月四半期のGDPは、新型コロナウイルスの影響はもちろんのこと、昨年から発生した大規模な山火事災害の影響もあって、マイナス成長となることがほぼ確実視されていた。要するに、上述したように、次の6月四半期までもがマイナス成長となった場合には、30年近くにわたって継続してきた豪州経済の成長にも、ついに終止符が打たれることになるのだ。仮にそうなれば、消費者/ビジネス・コンフィデンスも一層低下して、豪州経済が負のスパイラルに陥る可能性がある。また、確かに新型コロナウイルス問題はモリソン政府にとり不可抗力であるとは言え、景気後退となれば、これまで保守連合が誇示してきた「経済運営/舵取り能力」への評価が大きく毀損される恐れもある。そのため、何としても6月四半期のマイナス成長を阻止したいモリソン保守政府は、かなりの規模の財政出動策を策定し、実施するばかりか、その内の大部分の資金を今年の3月31日以降、6月30日まで、すなわち、6月四半期内に投入する計画であった。具体的には、合計110億豪ドルほどが、一挙に6月四半期の3カ月間に投入されることとなる。

また一時給付金に強く依存した政府の財政出動「第1波」は、即効性を期待する一方で、景気刺激策が必要とする以上に継続することを、ひいては将来の国家財政に赤字の構造的要因を生み出すことを回避するためのものでもあった。

当時予算大臣兼与党上院リーダーのコーマンが言明していたように、政府の財政出動の実施が確実となったことから、政府がつい最近まで公約してきた今年度(FY2019/20)の財政黒字転換はもはやあり得なかった。しかしながら、可及的速やかなアンダーライング/基礎現金収支ベースでの黒字転換は、引き続きモリソン政府にとって極めて重大な政治課題である。そのため財政出動に際して政府は、各種政策が一時的なもの、換言すれば、感染問題が沈静化し、景気が改善した場合には、速やかに支出が減少するように政策設計を行っている。

ところが新型コロナウイルス感染問題は、あれよあれよという間に正に「百年に1度」、あるいは前代未聞の世界的規模の大災害となり、世界中で多数の犠牲者を出している。その経済的インパクトも日に日に大きく見積もられており、比較的大型と見られていた連邦政府の財政出動「第1波」の予想効果を早々と「陳腐化」させ、豪州準備銀行(RBA)も量的金融規制緩和策を採用するまでに至っている。こういったRBAの積極的な金融政策を受け、また景気刺激策「第1波」が、早くも不十分との評価を受けたこと、更に世論調査から積極的な景気刺激策を望む世論の存在が明らかとなったこともあって、モリソン保守連合政府は、通常は5月の第2火曜日に公表される次期来年度連邦予算案を待たずに、3月22日には、合計660億豪ドルに及ぶ景気刺激策の「第2波」を公表している。

なお、来年度予算案の公表は、一挙に今年の10月にまで延期された。モリソン保守政府はそれまでにも、再度追加の財政出動策を公表するものと見込まれている。

22日に公表された財政出動「第2波」は、どちらかと言えば、景気刺激、経済へのダメージ限定に重点を置いていた「第1波」に比べると、今後急激に困窮することが予想される多数の国民や、ビジネス、とりわけ中小ビジネスの擁護、救済を主眼とするものである。その主要骨子は、①有資格の非営利団体や小事業体への賃金対策として、非課税の助成を、1事業体当たり最低2万豪ドルから、最高で10万豪ドル現金給付することや(注:対象事業体は年間売上げ額が5,000万ドル未満)、②ビジネスの借入れ促進のため、最高3年間で最高25万豪ドルまでの無担保借入れに際し、連邦政府が保証人となる、③失業手当て(Jobseeker Payment)(注:かつてのNewstart)の受給額を一時的に倍額にするなど、社会保障/福祉手当て受給者への追加支援策、そして④今年度(FY2019/20)及び来年度(FY2020/21)に限り、1カ年度あたり1万豪ドルまでの退職年金(Superannuation)の引出しを認める(注:これも非課税)、などとなっている。

モリソン保守政府によれば、RBAの金融緩和策と政府の財政出動策「第1波」及び「第2波」を併せれば、これまでの新型コロナウイルス対応景気刺激策総額は、豪州GDPの9.7%に相当する1,890億豪ドルに達するとしている。いずれにせよ、「第1波」と「第2波」の公表日には、わずか10日間の差があったに過ぎないが、感染問題の深刻さに鑑(かんが)み、現在のモリソン政府には、財政再建問題はもちろんのこと、一時的不況/景気後退の回避といったことすら、もはや目指す余裕はないと言えよう。

モリソン首相のパフォーマンス

ただ歴史的な国難に遭遇しているモリソン首相だが、これまでのところなかなかのパフォーマンスを示しており、その証拠に世論調査での支持率も上昇している。周知の通り、年明け早々から与党保守連合への評価が低迷していたわけだが、与党低迷の主因は、モリソンのリーダーシップへの評価が、山火事大災害の最中のハワイ家族旅行、後手に回った山火事対策、コミュニティー・スポーツ助成スキャンダルなどによって、大きく失墜したためであった。ところがモリソンは、感染問題では積極的、かつ断固とした姿勢で臨んでおり、それが指導力の回復に繋がっているのだ。

また上述した経済対策ばかりか、ウイルス感染の拡大遅延化(Flattening the Curve)を目的とする政府の規制策、具体的には、国境の事実上の封鎖、自主的隔離の義務化、集会の制限などは、もちろん、国民生活を圧迫するものであるゆえに、不満を嵩(こう)じさせているものの、政策としてはそれなりに評価されている。ただ附言すれば、そもそも危機的な状況下では、一般に与党への評価が高まる傾向にあることを忘れるべきではあるまい。そのことを表現するのが、「未知の悪魔より既知の悪魔を選択する」という政治ジャーゴン(隠語)である。これは、どちらも(嫌悪すべき)悪魔ではあるものの、どちらか一方を選択しなければならない場合には、知っている方の悪魔を選ぶというものである。要するに、危機的状況下では、ただですら現状維持志向の強い豪州国民の気質が一層強化され、国民の多数は現職を支持する、現職に固執する傾向を示すのだ。

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